見知らぬ駅
今でも忘れられない、とても怖くて不思議な体験。
1年と半年ほど前になるでしょうか、私がまだOLをしていた時の話です。
毎日毎日、会社でのデスクワークに疲れて、帰りの電車では終着駅まで寝るのが日課のようなものになっていました。
混んでいて座れない日などは、立ったまま寝てたりもしていました(笑)。
その日は残業で会社に遅くまで残り、帰りの電車も終電近くで、人は数人しか居ませんでした。
私は座席の一番端に座り、横の手すりに寄りかかっていつものように浅い眠りに就きました。
※
……ふと、目を覚ますと、まだ電車は走っています。
いつもの習慣で、終着駅前になると目を覚ますようになっている私は、『もうすぐ着くかな〜』と思いながら、前の窓に写っている自分の姿をぼーっと見つめていました…。
※
…ふと、目が覚めました。どうやらまた眠ってしまっていたようです。
しかし電車は未だ走っており、『おかしいなー?』と思いつつ、携帯を取り出して時間を確認しました。
『……!!』
時間を見ると午前2時1分となっているのです。
『もうこんな時間…』
そんなことを考えていると、私の頭は徐々に覚め始め、それと同時に体もサーッと冷めていきました。
『え!? どうして!?』
携帯をよく確認しても確かに午前2時です。すぐに席を立ち、周りを見回してみると誰一人居ませんでした。
電車はずっと同じ速度で走り続けています…。
取り敢えず私は親に電話をしてみることにしました(当時は実家に住んでいました)。
しかし家に電話してみると、
「ただいま、電波の届かない…」
携帯を見てみると圏外になっていました。決して地下鉄に乗っていた訳ではありません。
『圏外…どうして…』
そこで私はハッと気が付きました。
『車掌さんのいる一番前の車両に行けばいいんだ!』
急いで向かおうとした時…電車がスピードを落とし、駅に到着しました。
※
半ば呆然としながら駅名を見ると、「高九奈駅」と書いてあります。
『高九奈? たかくな? こうくな?』
その駅のホームは田舎にあるような感じで、ホームには人一人居るような気配すらありません。周りは田んぼや山のようで真っ暗です。
『どこなのここ…。私はどこにいるの…?』
電車のドアがプシューッと音を立てて開きます。
『降りていいんだろうか? どこかも判らない駅で…。どうしよう…』
「高九奈駅」
聞いたこともない駅名を前にして色々と考えている内に、ドアはプシューッと音を立てて閉まってしまいました。
そして電車はまた速度を上げ走り出します。
『あ…、でも変なところで降りるよりは、ちゃんと聞きにいった方がいいよね』
私は急いで最前方車両に向かいました。何車両か走り過ぎましたが、人は一人も見かけません。
『なんで誰もいないの? お願いだから誰かいて…!』
※
もうすぐ一番前まで着くだろうというところで、前の方にポツンと人が座っているのが見えました。
『人がいた!』
急いで近付くと、驚いたことにまだ小学校低学年ぐらいの男の子で、何やら携帯ゲーム機に夢中になっているようでした。
「あ、あの…僕…?」
私の呼び掛けに男の子は顔を上げると、一瞬目を見開き驚いたような顔をして、
「…何?」
と尋ねてきました。
「あ、その、私、電車の中で居眠りしちゃって、いま電車がどこを走ってるか分からなくなっちゃって…ドジだよね、アハハ。それでいまこの電車がどこに向かってるか分かるかな…?」
「ふーん…、お姉さんには悪いけど、ここがどこに向かってるかは僕にもわかんないよ」
「そっかぁ…」
「ただ…」
「え?」
「お姉さんはまだここに来ちゃダメってことは分かるよ」
電車の速度が段々と下がって行きます。
「それってどういう事…?」
「もし、降りる場所を間違えたら…」
電車が停止し始めました。どうやらまた駅に着いたみたいです。外をチラリと見ると
「敷草谷駅」
何と読むのだろうか? また聞いたことのない駅名。
「間違えたら、何…?」
「あ、僕はここで降りなきゃ」
「え!ちょっと!」
男の子は開いたドアからホームにピョンと飛び出し、
「たまにお姉さんみたいな人、いるんだけどね…」
「待ってよ!私も降りるから!」
「…それはダメだよ。でも、どうしても来たいならおいで?」
その時、私は心底ゾクッとしました。今まで無表情だった男の子が初めて笑ったのです。
悪意で満ち溢れたような満面の笑みで、ニタァーと…。
私は金縛りに遭ったように、動くことも声を出すことすら出来ませんでした。
ドアは音を立てて閉まりました。
ドアの向こう側、ホームに立っている少年はニヤニヤとして私の目を見つめたまま、電車はゆっくりと動き始め、少年は私の前からいなくなりました…。
この時点で薄々は考えていたことがあります。けれど考えないようにして必死にそれを否定していたのです。
『私は死んでしまっているのだろうか…?』
どこへ向かっているかも判らない電車。不気味な少年に意味深な言葉。
『これは死後の世界? いつの間にか私は死んでいて、気付いていないんじゃ? 事故? 病気? それとも…。
…いや、こんなこと考えるのはよそう。どうかしてる。私は生きてるわ』
※
その時、静かな車内に着信音が響きました。私は咄嗟に自分の携帯を見ると、
「着信:父」
「お父さん!」
さっきまで携帯は圏外だったのですが、アンテナが2本立っていました。
電話に出ると、
「おいっ!いま何処にいるんだ!!まだ会社で残業してるのか!? ずっと連絡がつかないから心配したんだぞ!」
「お、お父さん!うっ、うわぁ~ん…」
私は父の声が聞けた安心感からか泣き出してしまいました。
「○○○!? どうしたんだ、一体!?」
「うっ、ぐすっ、あのね、お父さん…」
私は今までの経緯を一通り話しました。電車の速度が遅くなって行きます。また駅が近い…。
「そうだったのか…、けどこんな時間に走っている電車なんて聞いたことないぞ? 取り敢えず駅に降りなさい」
「でも降りたって場所がわかんないよ…」
「お前の携帯はたしかGPS機能が付いていただろ。それから場所を調べて迎えに行ってやるから」
電車がタイミング良く駅に到着しました。ドアが音を立てて開きます。
「そっか!分かった、駅に降りるね」
※
私は初めて駅に降りました。夏なのに空気は冷たく、人の気配はありません。
駅名は「××××駅」。酷く看板が錆びれていて読むことは出来ませんでした。
乗客がもう誰も居なくなっても、電車はゆっくり走り出して行きます。そしてあっという間に遠くの闇へ消えていきました。
「お父さん? 降りたよ?」
「そうか。それじゃ一回、電話を切ってお前の居場所を調べるからな。動くんじゃないぞ。何かあったらすぐ電話しなさい」
「ピッ、ツーツー」
冷たい機械音とともに父との電話は終了しました。後は父からの連絡を待って迎えに来てもらえれば良いだけ。
家に帰れるという安心感と父の声が聞けたため、私は心にだいぶ余裕を持つことができました。
『自分がもしかしたら死んでいるかもなんて、本当私ったらなにを考えていたのかしら』
携帯画面を見ると、電池の残量が残り2個になっていることに気が付き、すぐに携帯電話を閉じました。
『危ない危ない、電池が無くなって電源が落ちたら本当に終わりだわ。
またお父さんからの連絡がくるまでは使わないようにしないと』
※
ここで改めて駅のホームを見渡してみます。
誰も居る気配は無く、どうやら無人駅のようで、駅名板を見てみるとやはり酷く錆びていて読めません。
前の駅と次の駅については書かれていないようです。周りは見渡す限り、田んぼや山ばかりで真っ暗。何もありません。
『寒いなぁ。お父さん、まだかしら…。
でも考えてみれば、線路があるのだから最低それを辿って行けば大きな駅とか、少なくとも民家があるところには着くのよね』
そんなことを考えていると、
「着信:父」
父から電話です。
「お父さん?」
「○○○? 大丈夫か?」
「私は平気。それより私がどこにいるか判った?」
「それなんだが…」
どうやら私の携帯のGPS機能を使い調べてみたが、ポイントエラーとなってしまい、何度試しても判らなかった。
なので父の方から警察に連絡してみることに、私は周りに公衆電話や民家が無いか見てくれ、ということでした。
私が前の駅名(高九奈、敷草谷)を伝えると、それも調べてみると言い、父との電話は終わりました。
※
周りを見回してもやはり民家、公衆電話はおろか外灯すらありません。
『電池の残りは一個。父は警察に電話するって言ってたけど、いたずらだと思われるかもしれない。
駅名についても期待はできそうにないし、ちょっと歩いてみようかしら…。
せめて民家だけでも見つかれば…田んぼがあるんだから近くにありそうだし…』
何分か悩んだ末、私は線路伝いに歩いてみることにしました。
父にそのことをメールし、私は前の駅の方向へ歩き出しました。
※
1時間ほど歩いた頃でしょうか、民家は未だに見つけることが出来ません。
戻ろうかとも思いましたが、もう戻ってはいけない気がしました。
時々、後ろから視線を感じるのです。怖くて振り向けませんでしたが…。
それよりも気になるのは、まだ前の駅に着かないことです。
前の駅までは距離がそれほど無かったはずなので、少し歩けば着くと予想していましたが、一向に着きません。
この線路は永遠に続くのではないかとさえ思えます。
『もう、疲れた…』
足の疲れに加えて、精神的な疲労、一人という孤独感、私はその場にへたり込んでしまいました。
『家に帰りたい…。お父さん…お母さん…』
どのくらいその場に座り込んでいたでしょうか。ふと、気付きました。遠くの方に光が見えます。
『なんだろう…』
だんだん私の方へと近付いて来ます。しばらくしてそれは車のヘッドライトだと気付きました。
『お父さん!?』
私は立ち上がり必死に手を振りました。
お父さんじゃなかったらどうしようとも考えましたが、この際誰でも良く、藁にもすがる思いで手を振り続けました。
車は私のすぐ近くまで来て停止しました。間違いなく父の車です。案の定、中からは父が出てきました。
「○○!!」
「お父さん!!」
私は思わず父に抱きついてしまいました。
「もう平気だからな…」
父は私に優しく声を掛けてくれます。私はこの時、本当に安心しました。もう家に帰れるんだ、暖かい家に…と。
「寒いだろう。取り敢えず車に乗りなさい」
「うん」
※
父の車に乗り込み、父は運転をしながら今までのことを話してくれました。
あの後、警察に電話をし、父は必死に話してみたけれど、やはりまともに取り合ってくれなかったそうです。
しかし、警察に頼るのは諦めて再び何回もGPS機能を試していると、一瞬、私の居場所が表示されたと。
急いでメモを取り地図を使って調べ、私の居るところまで来ることが出来たそうです。
GPSが機能したのはその時のみで、それ以降は何回やってもエラーだったそうですが…。
それで肝心の私の今居る場所ですが…○○県の△△(伏せますが甲信越地方)という場所だそうです。○○県は私の住んでいる隣の県です。
電車に乗って隣の県まで来ていたということになります…。
「それとな、○○が言っていた駅名のことなんだけど。あれはもう使われていない駅らしいんだよ。ずっと昔に廃線になったんだ」
私は今までに溜まった疲れからか、酷く眠たくなっていました。
「そうだったんだ…」
「あまり驚かないな?」
「もう驚く気力もないよ。お父さんこそ、私の言ってること信用してくれてるの?」
「信じるも何も、実際に〇○がいたからなぁ(笑)。もしかして使われなくなった電車が、また人を乗せたくて○○を呼んだのかもしれないな」
「そうかもね…」
『ダメだ、眠たい…』
私の意識は徐々に薄れて行きました。
※
「…~♪」
「ん……」
うるさい音に目を覚ますと、携帯の着信のようです。私は寝ぼけ眼で携帯を取り、通話ボタンを押しました。
「もしもし? 誰?」
「○○か!? お父さんだ!やっとお前の居場所が分かったよ!いまから迎えにいってやるからな!」
「…は? え? 何?」
「だから、さっきお前の居場所が分かったんだ!向かうから動くんじゃないぞ!」
体が冷めていくのを感じます。
横をチラリと見ると、確かに車を運転している父が居ます。
「え、あ…ピー」
電源が落ちました。電池が無くなったようです。
私はしばらく呆然としながらジッと父を見つめました。
「お、お父さん‥?」
「………」
「ねぇ!お父さん!?」
「………」
父は無言で無表情のままです。窓から外を見ると、周りは木が多くなっていました。市街に向かっているはずなのにどうして…。
「どこに向かってるの…?」
「………」
父は何も喋りません。黙々と運転し続けているだけです。私はそこで初めて重大なことに気付きました。
私の地元から○○県に来るまでは、車を使っても1時間以上はかかります。
父が迎えに来てくれたのは、最後に電話してから大体1時間~2時間ぐらい。
けれど、父は警察にも電話したと言っていたし、GPSを何回も試し、地図で調べて来たとも言っていた。
…そんなに早く私を迎えに来れるものなのでしょうか? 私の思い違い? それにしてもその時の父は明らかに変でした…。
「お父さん? 一回車止めて…?」
「…ブツ…ブツ…」
「え?」
「…早く…行かないと…。…俺の…せいで…ブツ…ブツ…」
ゾクっとしました。それは明らかに父の声のソレではありませんでした。低くて唸り声のような…。
『降りる場所を間違えたら…』
不意にそんな言葉が脳裏をかすめます。
私の前に居る父は父じゃない。このままだと変なところに連れて行かれてしまう。逃げなきゃ。逃げなきゃ。
私はそのことを一心に考え、車がカーブに差し掛かりスピードが落ちた折、意を決して車から飛び降りました…。
※
その後について書きます。私が次に目覚めた場所は、病院のベットの上でした。
そこは市街の病院らしく、医師の先生に話を聞くと、山間部の方の車道脇に倒れていた私を通りかかった人が見つけ、救急車に連絡してくれたそうです。
親に連絡をして迎えに来てもらい、私は今度こそ家路につくことができました。
不思議なことに、父に昨日のことについて尋ねたところ、何も知りませんでした。
父は電話などしていないし、それどころか私から会社に泊まると連絡が来ていたそうです。
私が会った父は誰だったのでしょうか。それに電話口の父やあの男の子、無人駅…。
結局のところ何も判らなかったし、これからもあの体験について知ることはないと思います。