骨折り

James_Craig_Annan_(Scottish_-_The_Dark_Mountains_-_Google_Art_Project

私が中学二年生の時に祖父が死に、その葬儀に行く事になった。

当時、北海道に住んでいた私にとって 本州に住んでいる父方の祖父とは会う機会も少なかった。

また祖父の性格も寡黙で、孫を可愛がると言うよりは我が道を行くタイプだったので、あまり身近な存在ではなく、正直そんなに悲しい気分にもならなかった。

寧ろ学校を休んで遠い所へ旅行に行けるくらいの気分だった。

仏教で言う通夜と告別式は神式で行われた。

お坊さんが読経を上げるお葬式しか知らなかった私は、平安時代のような恰好の神官が暗闇の中で行う儀式を見て、弟と「なんか格好良いね」などとコソコソ言い合いながら、興味津々で参加していた。

そうして一連の儀式は無事終わり、『次は火葬場へ移動か?』と思っていたが、なかなか皆動こうとしない。

近くにいた叔母に聞いてみると、

「火葬はやらんよ。ここらはみんな土葬なの。だから大仕事の前にちょっと休憩よ」

と言う。

土葬なんて未だにやる所があるんだとびっくりすると同時に、これは学校で話のネタになるなと考えた。

しかし、大仕事って何だろう? 遺体を埋める穴掘りの事だろうか?

しばしの休憩が終わり、父や親戚のおじさんが祖父の遺体を縁側に運び始めた。

そこで遺体を入れる桶が庭に運び込まれた。座棺と呼ばれる木で出来た凄く大きい桶だ。

ドリフ好きの私は『志村のコントのヤツだ!!』と内心大喜び。

しかし弟が明らかにニヤニヤ私に合図して来て、あまり分かりやすく喜ばれると私まで怒られてしまうので、慌てて弟から離れた。

母は弟を連れて家の中へ入って行った。

危なかった。大事な場面が見られない所だった。

気が付くと従兄弟たちもどんどん家の中へ連れて行かれている。

これはまずいなと思い、あまり声を掛けてこなさそうな村の人達に紛れて身を隠してみた。

そうしてしばらく経つと周りはしーんと静かになり、座棺を取り囲み、目を閉じて頭を下げ始めた。

私はどうやら参加できるらしい。

父を含めた親戚の男四人が祖父の遺体を持ち上げ、桶の中に入れようとしているが、死後硬直をしている遺体は真っ直ぐ延びたままになっている。

ああ、このまっすぐな体を曲げるのが大仕事なんだなと思っていると、

ゴキッ、ゴキゴキ グッガキッ…

背筋が凍りそうな嫌な音が響き始めた。

ゴキゴキュッ、バキッ…

驚いて顔を上げてみると、父や叔父たちが祖父の骨を折っているのだ。

静まり返った中で、骨を折る音だけが響き渡る。

怖くなった私は逃げ出そうにも、皆が一様に黙礼し静止する中で動く事が出来ず、必死に下を向いて耐えた。

頭にこびりつきそうな嫌な音は、祖父が桶の中で膝を抱えて座るようなポーズが出来上がるまで鳴り続けた。

やっと終わったと思って顔を上げた瞬間、

グキャッ

と一際嫌な音と共に、首が後ろへ曲がる。

思わず手で顔を覆ってしまった私を見て、隣にいた中年の男が「生き返ったらいけないからね」と言った。

その日、私は何も食べる気にならなかった。

次の日、父があまり会社を休めないという理由で、少し早いが遺言書を開く事になった。

父の兄(長男)が「本当は死んだらすぐ遺言書を開けてくれって本人には言われてたんだけど、葬式も終わっていないのに遺言書を見る訳にはいかんからな」と言うと、

父は「今更遺言書って言われても、もう内容わかってるしな」と返した。

祖母は既に亡くなっていた為、実家の家と土地は面倒を見てくれた長男に、後の現金は兄弟仲良く6等分だと生前祖父がよく言っていたらしい。

皆も納得していたので、公正役場や弁護士は通していない手紙形式のいわば遺書のようなものだ。

長男が遺言書を読み上げ始めて、一同が戸惑いの表情を浮かべた。

「葬儀については、親族のみの密葬で執り行うこと。

村の煩い奴らは火葬を厭いバカにするが、自分は子供の頃から土葬の骨折りがとても恐ろしかった。

孫も怖がらせたくないし、どうか火葬で弔って欲しい」

関連記事

瀬戸内海

送り船

二年前の夏休みの話。 友達の田舎が四国のど田舎なんだけど、部活のメンバー四人で旅行がてら泊めてもらうことになった。 瀬戸内海に面する岬の先端にある家で、当然家の真横はもう、…

田舎の村

十九地蔵

俺の家は広島の田舎なのだが、なぜか隣村と仲が悪い。俺の村をA村、隣村をB村としよう。 不思議な事になぜ仲が悪いのかは不明だ。A村の住人に聞いてもB村の住人に聞いても明確な理由は判…

高田馬場のアパート

7年前の話。 大学入学で上京し、高田馬場近辺にアパートを借りて住んでいた。 アパートは築20年くらいで古かったけど、6畳の和室と、襖を挟んで4.5畳くらいのキッチンがあると…

むかえにきたよ

私は高校時代、電車通学をしていました。 利用していたのは、一時間に一本ペース、駅の9割が無人駅という超ド田舎の私鉄です。 二年に上がった春、私が乗る駅で若い親子の飛び降り事…

テレアポのバイト

ちょっと前にテレアポのバイトをしていた時なんだけど。 インカム着けて通話しつつも、お互いの内容がなんとなく聞こえるくらい小さな事務所だった。 そこでバイト仲間の一人が妙なこ…

繰り返し見る夢

夢に関する不思議な話を。 同じ家や場所を繰り返し夢に見ることはあるだろうか。 別に続きものという訳ではなく、ホラーであったり日常的であったりと、関連性は無いけど舞台がいつも…

日本人形(フリー画像)

ばあちゃんの人形

母から聞いた本当にあった話。肉親の話だから嘘ではないと思う。 母の昔の記憶だから、多少曖昧なところはあるかもしれないけど。 ※ 母がまだ子供の頃、遊んで家に帰って来たら居間の…

魚(フリー画像)

魚の夢

俺は婆ちゃん子で、いつも婆ちゃんと寝ていたんだが、怖い夢を見て起きたことがあった。多分5歳くらいの時だったと思う。 夢の内容は、『ボロボロの廃屋のような建物が三軒くらいあって、そ…

ゆかりちゃん

ゆかりちゃんという女の子がいた。ゆかりちゃんは、お父さん、お母さんと3人で幸せに暮らしていた。 しかし、ゆかりちゃんが小学校5年生の時に、お父さんが事故で亡くなってしまった。 …

呪いの人形

最初は、ほんの冗談だった。 うちのクラスには、一人どうしようもない馬鹿がいる。 野口と言う奴だけど、みんなはノロ、ノロと呼んでいた。 なんでも信用するので、からかって…