坊主斬り

fusigi-02

飢饉の年の事である。

草木は枯れ果て、飢えのために死ぬものが相次いだ。

食人が横行し、死人の肉の貸し借りさえ行われる有様だった。

ある日、寺の住職が庄屋の家の法事に招かれた。

庄屋の家は地元の名家で、この飢饉と言えども蔵には十分な蓄えがあった。

法事が済むと、住職の前に様々な料理が並べられた。

大好物の蕎麦が山のように並ぶと、住職の目の色が変わった。

日ごろ食べるものに事欠いていた住職は、それを夢中でかきこんだ。

腹がいっぱいになるまで、ものも言わずかきこんだ。

やがて、住職は手厚く礼を言って帰って行った。

はや日は暮れていた。峠までさしかかると、二人の侍がぬうっと出てきた。

侍の目が住職の腹を見つめた。

その体は枯れ木のように痩せ細り、眼ばかりが光っている。

「和尚、法事の帰りか」

「そうじゃ」

住職は気味の悪いのを抑えて一息入れた。

「何ぞ食うてきたな」

「それがのう、蕎麦が山ほど出てきた」

侍の一人が住職の後ろへ回った。

「食った後で茶は飲んだか」

「何の、茶も酒も飲むものか。ここ何日も食うとらんけ、夢中でかきこんだわ」

「坊主、許せ」

一瞬、背後から斬りつけた。

住職が悲鳴をあげ仰け反ると、もう一人が住職の腹に刀を突き立て、一文字に切裂いた。

倒れた住職の腹からぬるぬると血だらけの蕎麦をかきだすと、笠に載せ小川へ走った。

茶を飲んでなかったので蕎麦はそのままの形をしていた。

二人の侍は小川で蕎麦を洗いながら、息もつかずに食うた。

夜が明けると、住職の死骸にカラスが群がり、ついばんだ。

住職は白骨となって土に横たわっていた。

砂塵が吹き寄せた。

それ以来、この峠は「坊主斬り」と呼ばれるようになった。

関連記事

自分の名前で検索

自分の名前(A子)で検索をかけてみた。 すると、10件ほど同姓同名の人たちが検索に引っかかった。 研究者や会社の経営者、同じ名前でありながら全然別の生活をしている人たち。 …

とある物件

今から8年くらい前のITバブルと呼ばれていた頃の話です。私が学校を卒業し、新卒でとある自称IT関係という会社Aに就職いたしました。 当時私は就職活動を適当にしていたため、3月くら…

祖父の箱

旅先で聞いた話。 伐り倒した木を埋めておくと、稀に芯まで真っ黒になることがある。 そんな埋木を使って特殊な方法で箱を作ると、中に女子が育つそうだ。 ただし、箱を開ける…

ハカソヤ(長編)

ほんの数年前に知った私の母の故郷の習慣の話です。 うちの集落にはハカソヤという女限定の変な習慣があります。 ハカソヤにも色々あって、大きく分けてお祝いの言葉に使う場合と、お…

クシャクシャ

その日はゼミの教授の話に付き合って遅くなり、終電で帰ったんだ。 俺の家は田舎で、それも終電という事もあり俺以外は車内に人は居なかった。 下車するまでまだ7駅もあったから、揺…

ハンバーグ

私が中学生の時の事です。 母がスーパーで手作りハンバーグを買ってきました。 真空パックに入った調理済みのものではなく、そこのスーパーの肉屋さんでひき肉をこねて成形し、後は焼…

津海岸集団水難事件

事件のあらまし 1955年7月28日に三重県津市の津市立K中学校の女子生徒36人が、同市中河原海岸で水泳訓練中に溺死した水難事件。 女子生徒100名前後の者が一斉に身体の自…

夕方の路地

道を教えて下さい

「道を教えて下さい」 夕方の路地でそう話し掛けてきたのは背の高い女だった。 足が異様に細く、バランスが取れないのかぷるぷると震えている。 同じように手も木の枝のように…

そこを右

あるカップルが車で夜の山道を走っていた。 しかし、しばらく走っていると道に迷ってしまった。 カーナビもない車なので運転席の男は慌てたが、そのとき助手席で寝ていたと思った助手…

タクシー(フリー写真)

タクシーの先客

M子さんは、新宿から私鉄で一時間ほどの所に住んでいる。 その日は連日の残業が終わり、土曜日の休日出勤という事もあって、同僚と深夜まで飲み終電で帰る事になった。 M子さんの通…