佐藤大樹は誰なのか

横断歩道

前世の記憶があると言っても、それは鮮明なものではない。

生まれた瞬間から過去の記憶を持っていたわけではないし、何か特別な力を持っているわけでもない。

ただ、ふとした瞬間に、自分の中に「自分ではない何か」が混ざっているような感覚があった。

それが始まったのは、小学生の頃だった。

「間違った名前」

幼い頃から、俺は時々自分の名前を間違えていたらしい。

仮に俺の本名を「田中直樹」とすると、俺は時折「佐藤大樹」と名乗っていた。

親はその度に不思議そうな顔をし、最初は誰かがふざけて教えたのだろうと考えていたらしい。

だが、それが続くうちに、ただの子供の言い間違いとは思えなくなってきた。

それと同時に、俺は異常なほど交通事故を怖がっていた。

死そのものが怖いのではなく、なぜか「交通事故」だけが異様に恐ろしく感じられた。

「知らないはずの漢字」

小学校に入ると、漢字の勉強が始まった。

当然、自分の名前も習った漢字で書くようになり、先生もそれを指導していた。

ところが、ある日テストの解答欄に「さとう大樹」と書いてしまった。

その時、先生は冗談交じりに「このクラスにはそんな名前の子はいないよね」と言ってテストを返した。

その瞬間、俺は異変に気付いた。

「大樹」という漢字が読めなかったのだ。

ましてや「樹」などという字は、今まで目にした記憶すらない。

にもかかわらず、俺はそれを無意識に書いていた。

どうしてそんなことができたのか、自分でも分からなかった。

親に相談したところ、親戚が俺に変なことを吹き込んでいるのではないかと一時騒ぎになった。

その日から俺は、自分の名前を意識して書くようになり、「佐藤大樹」という名前を使うことはなくなった。

「禁じられた名前」

時間が経ち、中学生になった。

ある日、祖母が亡くなり、親戚が集まった。

普段会うことのない遠い親戚に「大きくなったね」と声をかけられながら、葬儀は進んでいった。

その席で、酔った親父が「佐藤大樹」の話を口にしてしまった。

「うちの息子、小さい頃にずっと自分のことを佐藤大樹って名乗ってたんだよ」

その言葉に、ある親戚がぽつりと呟いた。

「俺の親戚にも、佐藤大樹ってやつがいたな。交通事故で亡くなったけど…」

その瞬間、場の空気が変わった。

その名前は、我が家ではタブーとされていた。

親父も、母親も、親戚も、みんなその話を避けていたのだ。

俺は何も知らされていなかった。

だが、親父の言葉をきっかけに、封印されていたものが解けた。

その日から、家族の関係はぎくしゃくし始めた。

「自分は特別なのか」

俺の中に「佐藤大樹」という名前が蘇った。

もしかしたら、俺は彼の生まれ変わりなのかもしれない。

そんな考えに取り憑かれた。

だが、それを確かめる手段はなかった。

親父に詳しく聞くこともできず、悶々とした日々を過ごした。

その矢先、俺に反抗期が訪れた。

何にでも反抗したかった。

その燃料として「佐藤大樹」という存在を利用した。

「俺の人生は、俺のものじゃない!」

そんなことを叫びながら、親に反抗し続けた。

そしてある日、ついに親父が怒鳴った。

「そんなに気になるなら調べろ! 亡くなった人を勝手に自分の生まれ変わり扱いするのは、失礼なんだよ!」

そう言って、親戚の連絡先を書いた紙を投げつけた。

その瞬間、俺はようやく自分の愚かさに気付いた。

でも、もう後戻りはできなかった。

「彼の最期と、俺の誕生日」

翌日、俺は親戚に電話をかけ、佐藤大樹について聞いた。

彼は交通事故で亡くなった。

それを聞いた時、俺は恐怖よりも興奮を覚えていた。

「やっぱり俺は特別なんだ」

次に、彼の命日を尋ねた。

「5月18日だった」

その瞬間、背筋が凍った。

俺の誕生日は5月17日。

「死の翌日に生まれるなんて、そんなことがあるのか?」

だが、その驚きは俺の中で確信へと変わった。

それ以降、俺は自分を「佐藤大樹」と名乗るようになった。

親との関係は完全に壊れた。

高校に上がると、俺は一人暮らしを始め、家族とはほとんど連絡を取らなくなった。

「彼の家へ」

高校生になり、俺はついに佐藤大樹が住んでいた家を訪ねた。

電車を乗り継ぎ、住所を頼りにたどり着いたのは、立派なマンションだった。

その玄関を見た瞬間、頭の中に断片的な映像が流れ込んできた。

知らないはずの遊園地、学校の校門、誰かと一緒に座ったベンチ。

記憶なのか、ただの想像なのか分からないが、確かにそれを「知っている」と感じた。

俺は震える手で、マンションの一室の呼び鈴を押した。

誰も出てこなかった。

ただ、それだけだった。

俺は無言のまま帰宅し、家で一人泣いた。

それが何の涙なのか、今でも分からない。

「結局、俺は誰なのか」

それから俺は、景色を見るだけで知らない記憶が蘇るようになった。

ある時は涙が溢れ、ある時は気を失った。

もしかしたら、本当に生まれ変わりだったのかもしれない。

それとも、ただの思い込みだったのか。

今となっては、もう確かめる術はない。

だが、ひとつだけ分かることがある。

「俺は確かに、佐藤大樹だったのかもしれない」

そう思わなければ、今もこの世界で生き続けることが、怖くて仕方がないからだ。

関連記事

髪寄りの法

祖父が子供の頃に体験した話。 祖父は子供の頃、T県の山深い村落で暮らしていた。村の住人の殆どが林業を営んでおり、山は彼らの親と同じであった。 そんな村にも地主が存在しており…

交差点

時が止まった日

10年前、小学6年生だった頃の出来事。 学校から帰る途中、人々と車が突然止まり、時間が止まったような現象に遭遇。 突然、真っ黒な服を着た若い男女が現れ、声を揃えて「あ。」…

山神様

これは、俺の曽祖父が体験した話です。大正時代の話ですので大分昔ですね。 曾じいちゃんを、仮に『正夫』としておきますね。 正夫は狩りが趣味だったそうで、暇さえあれば良く山狩り…

タイムスリップ(フリー素材)

時を隔てた憑依

最近ちょっと思い出した話がある。 霊媒体質の人には意識が入れ替わることがあるらしいけど、これは意識がタイムスリップして入れ替わったとしか思えない話。 ※ 数年前、ある人に連れ…

林

山の女の子

昔、私が小学3年生のとき、毎年夏になると両親は私を祖母の家に連れて行っていました。その町は都心から離れたベッドタウンで、まだ発展途上の田舎でした。周囲は広い田んぼや畑、雑木林が広がっ…

んーーーー

現在も住んでいる自宅での話。 今私が住んでいる場所は特にいわくも無く、昔から我が家系が住んでいる土地なので、この家に住んでいれば恐怖体験は自分には起こらないと思っていました。 …

ワープ

会社の後輩に聞いた、その子の友人(Aさん)のお話。 Aさんが小学生の時、積極的だったAさんは、休み時間に校庭で皆とドッジボールをして、チャイムが鳴ったので一番に教室に駆け込んで行…

ガラス窓(フリー写真)

ガラスに映る人

私はN県の出身で、私が住んでいる街には、地元では有名なカトリック系の女子大があります。 私の母はその大学の卒業生でもあり、その頃講師として働いていました。 当時中学生だった…

さくら池

僕が小学校の頃の話。通学路から少し外れたところに、さくら池というかなり大きな農業用水池があった。 僕たちが住んでいた団地はさくら池の先にあったから、下校途中に通学路を迂回し、その…

宇宙(フリー画像)

宇宙人の魂

俺が小学4年生くらいの頃に体験した不思議な話。 夏休みに家族4人(父、母、俺、妹)で、富士山近くのサファリパークみたいな所へ遊びに行きました(場所ははっきりと覚えていません)。 …