裏山の祠には関わるな

霧に包まれた古の神社

祖母が亡くなったのは去年の秋だった。享年九十二。実家の長男である俺が、遺品整理と家の片付けをすることになった。仕事の都合をつけて、山間の村に帰った。母と兄弟で、家の中の荷物を整理し始めた。その過程で、何度も祖母の言葉を思い出した。「裏山の祠には近づくんじゃないよ」と、子どもの頃から何度も聞かされていた言葉だ。理由を聞いても、祖母は首を横に振るだけで、答えてくれることはなかった。

清掃の初日、俺は家の周辺を調べることにした。どこまで清掃の範囲に含めるべきか、母と相談するためだった。家の裏に土地があるのは知っていたが、詳しく見たことはない。雑草が生い茂り、竹林が密集していた。だが、祖母が生前、足しげく通っていたのだと分かる小さな道がついている。何度も何度も歩いた足跡だ。つい最近まで。祖母が入院する三週間前まで。

好奇心から、その道を辿ってみることにした。母には言わないでおこうと思った。話しかける必要もない。十分ほど歩くと、視界が開けた。小さな平らな地面が現れた。その中央に、古い石の祠があった。高さは腰ほどで、石造りの小さな社だ。周辺には、びっしりと雑草が生えていた。だが、祠そのものの周囲、半径約二メートルほどの円形の区域には、何も生えていない。完全に裸の土だった。まるで、定期的に何かが取り除いているかのように。

祠に近づいてみた。扉を開けると、中には供え物があった。果物が三つ。りんご、みかん、それから何かの漬物らしき瓶。米も盛られていた。どれも新しい。最近置かれたものだ。二日以内だろう。いや、もっと最近かもしれない。祖母が入院したのは六ヶ月前だ。その後、家に来た者は誰もいない。両親は海外にいるし、兄弟も遠くにいる。村の人間が来たという話も聞いていない。

祖母の友人のいずれかが、習慣的に供え物をしているのだろうと、最初は考えた。だが、村に帰ってから誰にも会っていない。それに、供え物の内容が奇妙だった。りんごとみかんは、冬に家の倉庫に保管されているものと同じブランドだ。祖母が毎年買うもの。米も、同じ銘柄だった。すべてが、祖母が常に買い続けていたものだ。

その夜、母に聞いてみた。「祠に誰が供え物をしているのか」と。母は驚いた。「祠を見たのか」と言われた。そして、「近づくな」と強く言われた。父の口調だった。祖母の言葉ではなく、父の決定的な口調だ。「誰が供えているのか」と再度聞くと、母は答えた。「誰もいないはずだ。だから祖母が亡くなった後も、誰かが続けているはずはない」。

二日後、俺は再び裏山に行った。供え物は別のものに変わっていた。みかんの代わりに、今度は梨が置かれていた。米の量は増えていた。新しい漬物の瓶も加わっていた。何か、何かが、祖母の代わりに供え物を続けているのだ。その夜、寝ることができなかった。

整理作業は三日で終わった。最後の日、俺は実家を離れることにした。母は安心したようだった。車で村を出ると、母も一緒に乗り込んだ。市街地に向かう道だ。坂道を下り、視界が広がり始めた。その時だ。バックミラーに映ったのは、裏山の方角だった。その上から、白い煙が立ち上っていた。祠の方向だ。昼間なのに、煙が上っていた。何かを焼いているのか、それとも別の何かなのか。俺が視線を向けると、母も気付いた。だが、母は何も言わなかった。ただ、前を向いたままだった。

実家に戻る機会は、今後もあるだろう。だが、裏山に近づく気にはならない。祖母が六十年以上、毎日のように供え物をしていた理由も、分かる気がしない。ただ、あの円形の裸地と、焼く者のない煙だけが、心に残っている。祖母の言葉も。「関わるな」という。その意味を、俺は知らない方がいいのだろう。

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