
これは、私の知人である女性から聞いた、決して笑い話にはできない実話です。
一部の詳細は伏せてありますが、内容のほとんどは事実に基づいています。
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話してくれたのは、現在24歳の女性です。
その女性には、A子というとても仲の良い友人がいます。
A子には、3歳年上のお姉さんがいました。
姉妹仲は良好で、A子は短大生活のことや恋人とのことなど、たびたびお姉さんに相談をしていたそうです。
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ある晩、家族全員が揃ったリビングで、お姉さんが入浴を終えて戻ってきました。
パジャマ姿のまま、両親とA子と一緒に、しばらく他愛もない会話を楽しんでいたといいます。
やがてお姉さんは、「そろそろ寝るね」と言って、2階の自室へと上がっていきました。
その直後、A子は入浴の準備をしていたのですが、ふと「就職の相談を今のうちにしておこう」と思い、お姉さんの部屋を訪ねました。
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ドアを開けると、お姉さんは化粧台の前に座り、鏡を見ながら髪をとかしていました。
A子が何気なく声をかけようとした、そのとき。
鏡に向かったまま、お姉さんはこう言ったのです。
「A子ちゃん、お父さんとお母さんのところへ行ってなさい」
その声は静かでしたが、どこか張り詰めたものがありました。
A子は戸惑いながらも、「え? でもちょっと話があって…」と食い下がりました。
しかし、お姉さんの目は鏡に向けられたまま、微動だにしませんでした。
そのあまりの異様な雰囲気に、A子は何も言えなくなり、リビングへと引き返しました。
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そして、事件は起きました。
お姉さんが座っていた化粧台のすぐ後ろには、ベッドがありました。
そのベッドの下に──なんと、包丁を持った男が潜んでいたのです。
男は突如として現れ、お姉さんを何度も刺し、無惨にも命を奪いました。
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犯人は、お姉さんにつきまとっていたストーカーだったのです。
お姉さんは、化粧台の鏡越しにその男の存在に気づいていました。
だからこそ、妹を危険から遠ざけようと、とっさに部屋から出すよう命じたのでした。
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お姉さんのその行動がなければ、A子も襲われていたかもしれません。
その日、お姉さんは自分の命と引き換えに、妹を守ったのです。
この事件は、当時の新聞でも報道されました。
A子は今も、鏡に向かって髪をとかす女性の姿を見ると、お姉さんの最後の背中を思い出すのだそうです。