柱の中の声

隠された箱と大工の発見

俺は秋田の小さな工務店で大工をしている。親父の代からの店で、主に古い民家の修繕や解体を請け負っている。四十五年も生きていれば、古い家の壁の中から変なものが出てくることには慣れていた。お札、人形、獣の骨。たいていは昔の風習の名残で、気味が悪いだけで実害はない。

去年の十月のことだ。秋田の北のほう、車で林道を一時間ほど入った集落から依頼が来た。築百年を超える古民家の解体。持ち主は東京に出た息子さんで、もう誰も住んでいないから更地にしてほしいという話だった。

現場に着いて、まず驚いたのは集落の静けさだった。五軒ほどの家が点在しているが、人の気配があるのは二軒だけだ。依頼の家は集落の一番奥にあり、裏手は杉林が山の斜面をそのまま覆っていた。

家自体は立派なものだった。太い梁、黒光りする柱。百年前の大工の仕事がしっかり残っている。正直、壊すのが惜しいと思った。だが仕事は仕事だ。若い衆二人を連れて、三日がかりで解体する段取りを組んだ。

初日は屋根と外壁を落とした。二日目に内壁と床を剥がしにかかった。居間の壁板を外していたとき、若い衆の片方——健太が、妙な顔をして俺を呼んだ。

「棟梁、これ」

健太が指差した先、壁板の裏側に、びっしりと文字が書いてあった。墨で書かれた、細かい文字だ。崩し字で読みにくいが、同じ文言が何度も繰り返されているのはわかった。

「出すな」

その二文字だけが、何十回、何百回と書かれていた。壁板の裏一面に、隙間なく。

気味は悪かったが、古い家ではたまにある。魔除けか何かだろうと思い、作業を続けた。

問題は、大黒柱に取りかかったときだった。

この家の大黒柱は異様に太かった。直径が六十センチ近い。普通の民家でこの太さは珍しい。しかも、柱の中腹あたりに、木栓が打ち込まれていた。丸い蓋のようなもので、直径十五センチほど。明らかに後から加工されたものだった。

俺はチェーンソーで柱を切る前に、その木栓を外してみた。職業的な好奇心だった。木栓の下には、柱の芯をくり抜いた空洞があった。

中に何かが入っていた。

油紙に包まれた、小さな木箱。手のひらに乗るくらいの大きさだ。箱の表面にも、あの文字が彫り込まれていた。「出すな」。

箱を振ると、中で何かがかさりと動いた。軽い。紙か布のようだった。

開けようとしたとき、背後で声がした。

「開けるな」

振り返ると、作業場の入り口に老人が立っていた。集落に住んでいる人だろう。八十過ぎに見える小柄な男で、こちらを睨むように見ていた。

老人は佐々木さんといって、隣の家に一人で暮らしているという。俺が事情を説明すると、老人は箱を見て顔色を変えた。

「あんた、木栓を抜いたのか」

「ええ、まあ」

老人はしばらく黙っていた。それから、低い声で言った。

「この家にはな、座敷に出るものがおった。昔の話だ。わしが子供の頃には、もう誰もこの家には近づかんかった」

出るもの、というのが何なのか、老人は具体的には言わなかった。ただ、この集落では昔から「重いもの」を柱に封じる風習があったのだという。

「封じたら、二度と出すなと言い伝えられておる。柱を切るのも、本当はよくない。じゃが、家ごと潰すなら——」

老人は言葉を切り、箱を見つめた。

「その箱だけは、開けんでくれ。頼む」

俺は箱を開けなかった。老人の頼みもあったが、それ以前に、箱を手にしてから妙な感覚があった。箱自体は軽いのに、持っている手がじわじわと重くなるのだ。掌から腕へ、腕から肩へ。冷たい水が染み込んでいくような感覚だった。

箱を作業台に置いた瞬間、その感覚は消えた。

老人は箱を受け取ると、自分の家に持ち帰った。翌朝、老人がどうしたか確認しに行くと、家の裏の畑の隅に、新しく土を盛った跡があった。老人は縁側に座っていて、俺の顔を見ると小さく頷いた。

「埋めた。深うに埋めた」

それだけ言って、老人は茶を啜った。

解体は三日目に終わった。更地にして、道具を片付けて、集落を出た。林道を下りながら、助手席の健太が言った。

「棟梁、昨日の夜、あの家のほうから声が聞こえませんでした?」

俺たちは集落の空き家を借りて泊まっていた。依頼の家から五十メートルほどの距離だ。

「声?」

「女の声です。ずっと同じことを繰り返してた。はっきりとは聞き取れなかったけど——」

健太は少し考えてから言った。

「『出して』って、言ってたと思います」

俺は何も聞いていなかった。聞いていなかったことにした。

あれから半年が経つ。先月、別の仕事であの集落の近くを通った。少し迷ったが、林道を上って集落まで行ってみた。

佐々木さんの家は、雨戸が全部閉まっていた。隣の更地——俺たちが解体した跡地は、雑草が腰の高さまで伸びていた。

集落のもう一軒、明かりが点いていた家を訪ねた。出てきたのは七十代くらいの女性で、佐々木さんのことを聞くと、少し間を置いてから答えた。

「佐々木さんなら、十二月に亡くなったよ。急にね。朝、起きてこないと思ったら、布団の中で」

それだけなら、八十過ぎの独居老人だ。不思議はない。だが、女性は続けた。

「ただね、顔がおかしかったんだと。見つけた人が言うには、口を両手で押さえるようにして——何かが入ってくるのを防ぐみたいな格好で、亡くなっていたって」

俺は礼を言って集落を出た。林道を下りながら、バックミラーに一度だけ目をやった。

更地の真ん中に、誰かが立っているように見えた。

見えた、というだけだ。確かめはしなかった。あの壁板に書かれていた言葉が、頭の中で繰り返されていた。

出すな。

あれは警告だったのだと、今になって思う。そして俺は、その警告を無視した。

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