女の影
今から15年前、中学の野球部合宿での話。
夏の合宿で毎年使っていた宿が廃業し、その年から宿が変わった。
民宿でもホテルでもなく、そこは公民館というか町営の集会所のようなところだった。
元々は地元の豪農の屋敷だったという事で、造り自体はかなり立派なお屋敷といった感じの建物だった。
しかし築百年にも届くかという古い建物で、着くなり俺らは、
「うぉ~!お化け屋敷や~!」
と大騒ぎだった。
まあ、見かけこそお化け屋敷だったが、中はすっかり改装されていたし、便所や風呂も同じ建屋の中に移築されていたので、外見ほど怖い建物ではなかった。
※
初日の夜の事。
練習を終えて飯を食い、夜間素振りも終え、風呂に入って後は寝るだけという時にそいつは現れた。
※
前後するが、部屋について。
三十畳くらいの大広間で三方は壁(隣の部屋へ行く襖はあった)、大きな床の間もあった。
その部屋へ通じる廊下は中庭に面しており、部屋との仕切りは障子だった。
中庭には部屋から見て奥の方に常夜灯が灯っており、障子を閉めると中庭の木々の影が障子に映し出された。
※
さあ寝ようかと廊下側(障子・中庭側)の電気だけ消した時、
「おい、あれ何や…?」
ふと、誰かが言った。
閉められた障子には木々の影……と一緒に、女の影が映っていた。
厳密に言うと、髪の長い女の形にしか見えない影が映っていた。
「……まじで?」
とか何とか言いながらも、こちらには総勢二十数名の男が揃っている。
「おるぁ~!!」
などと言いながら、誰かが気合一発、障子を開けた。
そこにはさっきまでと変わらない、木々の生い茂る中庭の風景しかなかった。
辺りを見回すが、もちろん誰も居ない。
「…?」
誰もが首を傾げた。
そしてそいつが障子を閉めた時、またもやびっくり!
やはり女の影が映っている!
それからは俺らによる検証が始まった。
閉めては女の影、開けては木々の風景…。
障子を開けたり閉めたりしては、
「あの木が映って女に見えるんちゃうか?」「いや、ここには映らんやろぉ~」
などと暫く遣り取りをしていた。
しかし結局何がどう映ってこんな完璧な女の形になるのかは判明せず、その影も別に動き回る訳でもないので、みんな段々飽きてきた。
翌日の事を考えると、いつまでも起きている訳にも行かないので、そろそろ寝ようかという事になり、大広間の電気を全部消した。
※
電気を消しても相変わらず、中庭の木々の影と女の影は別段変わりもなくそこに映っていた。
しかし俺も疲労から次第に気にならなくなり、うとうとしかけた時だった。
「でじゅたすぴびゅりゃしんめちおぶちぜのちゃぶぉ~~~~~~~!!!」
誰かが突然、もう何を言ったのかさっぱり解らない絶叫を上げた。
みんな驚いて飛び起き、
「どないしてん!何やねん!どないしてん!」
と、そいつに聞いた。
するとそいつは、
「う、う、動きよった~~~~~~~!!!!!」
と絶叫した。
見ると、女の影が消えている。
そいつが言うには、何となくボーッと寝ながら障子を見ていたら、女の影がそのまま平行移動の形で横滑りして行ったらしい。
困った事に、髪の毛が少しなびいていたという事だった。
俺らは信じるしかなかった。現に女の影はもう無かったからだ。
とにかく俺らはびびるだけびびった。
俺にしたら、その瞬間を見ずに済んだ事は救いだったが…。
※
しかし翌日も翌々日も、その影は現れなかった。
先生が「俺も見たい!」と言うので待機していたのだが…。
そして俺らは帰った。
役場や地元の人に、曰くや因縁を聞くでもなく。
帰ってから暫くはその話題で持ち切りだったが、結局影の正体は判らず仕舞い。
翌年から場所も宿も変更になったらしい。
※
後日談も何も無しだが、あの時のメンバーが何人か揃うと今だに
「ホンマ、あれは何やったんやろう…?」
と話題に上がります…。