裏世界への通路

裏世界

これは、私が小学5年生だった頃に体験した、今でも忘れられない奇妙な記憶である。

夏休みのある日、私は自宅の裏にある大きなグラウンドで、自由研究として「身近にいる昆虫リスト」を作成していた。

蝉の鳴き声が響き、草の匂いが濃く漂う真夏の午後。私は虫取り網を片手に、グラウンドの隅まで探索していた。

すると、地面がコンクリートで舗装された一角に、下水道に繋がっていそうな錆びた鉄の扉を見つけた。

何かに導かれるような感覚で取っ手を掴み、ゆっくりと開けてみると、地下へと続く梯子が顔を出した。

私は、まるで冒険映画の主人公にでもなったかのような気持ちになり、すぐに自宅へ戻って懐中電灯を持ち出すと、胸を高鳴らせながらその梯子を降りていった。

足元に辿り着くと、床は金網状になっており、その下からは細い水の流れる音が聞こえた。

嫌な臭いはせず、どうやら下水ではなさそうだった。

左右に通路が伸びていたが、私は直感的に前方へ進むことにした。

懐中電灯の光だけを頼りに、網の床を慎重に歩くこと数分。

やがて行く手に鉄格子が現れ、通路はそこで行き止まりとなっていた。

その脇には、上方へと続く梯子が取り付けられていた。

『もう少し奥まで続いていると思ったのに…』と少し落胆しながらも、その梯子を登って地上へと出ることにした。

『位置的に言えば、道路の向こう側の空き地に出るはずだ』

そう思いながら、蓋を押し開けて地上へ出た。

だが、そこはなぜか、最初に入ったグラウンドと同じ場所だった。

それどころか、周囲は夕暮れ時の薄暗さに包まれていた。

私は間違いなく昼過ぎに入り、数十分ほどしか経っていないはずだった。

なぜこんなにも時間が進んでいるのか──急に不安が押し寄せてきた。

とにかく家に帰ろうと、私は足早にグラウンドを後にした。

だが、見慣れたはずの街並みにも、何か得体の知れない違和感があった。

通い慣れた雑貨屋が、見たこともない民家になっていた。

公民館がいつの間にか病院になっていた。

道路標識には、見慣れぬ奇妙な図形が描かれていた。

急いで自宅へと向かってみた。

しかし、そこにも不可解な点がいくつもあった。

庭には、私の記憶には存在しなかった巨大なサボテンが咲き誇っており、駐車場にはスポーツカーを縦に縮めたような不格好な赤い車が停まっていた。

玄関横には、インターホンの代わりにレバーのようなものが突き出しており、扉の両脇には四つ足で髭をたくわえたキリンのような奇怪な置物が立っていた。

けれど、明らかに自分の家だった。

構造も表札も、紛れもなく自宅のそれだった。

まるで、微妙にピースの違うパズルを無理やりはめ込んだような感覚──それが、私の胸にずっと居座っていた。

玄関から入ることに恐怖を感じた私は、裏手に回って台所の窓から中を覗いてみた。

すると、そこには紫色の甚兵衛を着た父と、なぜか学校の音楽教師が仲良く談笑している姿があった。

一瞬、場違いな組み合わせに言葉を失った。

そしてその時、私はふと、当時夢中になっていたゲーム「ドラゴンクエストⅢ」の“裏世界”のことを思い出した。

『もしかしたら今、自分は裏世界に迷い込んでしまったのではないか?』

そんな考えが頭をよぎり、私は恐怖のあまり震えた。

すぐにグラウンドへと引き返し、あの扉を開けて再び梯子を降り、来た道を全力で走って戻った。

冷たい汗が首筋を伝い、頭の中は「早く戻らなきゃ」という一心でいっぱいだった。

そして、ようやく最初に入った鉄扉から地上へと出た。

そこには、間違いなく元の世界が広がっていた。

この出来事があって以来、私はそのグラウンドへ近づくことができなくなった。

怖くて、見向きすらできなかった。

うっかり関わってしまえば、またあの“裏の世界”に引きずり込まれ、今度こそ帰って来られなくなるのではないかと本気で思っていた。

それから間もなくして、我が家は引っ越した。

あの出来事の真相は、今もわからないままだ。

しかし、半年前のことだ。

仕事の都合で久しぶりにその近くを通る機会があり、私はふと、あのグラウンドに立ち寄ってみた。

敷地の半分は駐車場に変わっていたが、残りのグラウンドはまだ残っていた。

だが、私はまたあの感覚を思い出してしまい、どうしても近づくことができなかった。

夢だったのかもしれない。

記憶違いだったのかもしれない。

けれど、どうしてもあの日の記憶だけは、今もなお鮮明に私の中に焼き付いているのだ。

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