存在しない駅にて

公開日: 異世界に行った話

無人駅

その日、彼はひどく疲れていました。

残業で遅くなり、帰宅するために電車に乗り込んだのは深夜に差し掛かる頃。

既にいつも使っている快速は運行を終えており、各駅停車の普通電車に揺られて帰るしかありませんでした。

そのため、移動時間もいつもより長くなり、つい彼は座席に体を預けたまま、深い眠りに落ちてしまったのです。

どれくらいの時間が経ったでしょうか。

彼がふと目を覚ますと、窓の外には見慣れぬ景色が広がっていました。

通い慣れた快速の停車駅とはまるで違う風景。彼は寝過ごしてしまったのだと慌てて電車を降りました。

駅のホームに立ち、辺りを見渡します。

列車はすぐに発車していき、彼を一人残して闇の中へと去っていきました。

駅名を示す看板には「○○駅」と記されています。

彼の記憶にはない駅名でした。

そして奇妙なことに、駅員の姿はなく、時刻表も掲示されていない。

まるで人の気配のない、忘れられた駅のようでした。

このままでは帰れない。

そう判断した彼は、近くの町まで歩き、タクシーを拾うか、最悪でも宿を見つけて始発を待つつもりで歩き始めました。

しかし、歩けど歩けど何も見えない。

建物どころか、街灯すらなく、辺りは闇に包まれています。

道は舗装されておらず、歩きにくい獣道のような状態で、体力も限界に近づいていました。

やがて、大きな岩がひとつ、道の脇に姿を現しました。

彼はそこに腰を下ろし、息を整えることにしました。

そのとき、不意に携帯電話が鳴りました。

発信者は、近所に住む親友でした。

「お前、まだ帰ってねぇの? 今日、ゲーム返しに行くって言ってたろ。残業って聞いてたけど、まだ会社?」

電話越しに聞こえる友人の声は、変わらずの日常を伝えていました。

彼は慌てて、自分の置かれている状況を説明しました。

「今、○○駅っていうとこにいるんだ。知らない場所なんだけど、迎えに来れないか?」

「○○駅? 聞いたことないな…ちょっとネットで調べてみるわ。待っててくれ」

電話は一旦切れました。

十分ほどして、再び電話が鳴りました。

「おい、その駅名、本当に合ってるか? どこにもそんな駅、存在しないぞ」

友人の困惑した声が響きました。

彼はあの駅の看板を思い出しましたが、既に駅を離れていたため確認のしようがありませんでした。

すると友人は続けました。

「お前の乗ってる路線って、寝過ごしてもそんな田舎まで行かないだろ? 終点は××市だぞ」

確かに、彼の記憶でも終点は都市部の駅であり、あんな山奥のような場所ではないはずです。

不安と焦燥が募る中、突然、電話の電波が途絶えました。

携帯は一切の操作を受け付けず、画面も反応しなくなったのです。

そして、その場の静寂と闇に包まれながら、彼は強い恐怖に襲われ、意識を失ってしまいました。

次に目を覚ましたとき、空は明るくなっており、夜の恐ろしさがまるで幻だったかのように思えました。

周囲の景色を見渡すと、そこは確かに終点に近い町の郊外でした。

駅名も、確かに××市の近くのものでした。

彼はそのまま家に帰りました。幸い、その日は仕事が休みだったのです。

帰宅後、彼は昨夜の出来事が夢ではなかったかを確認するため、パソコンで「○○駅」を検索しました。

しかし、やはり存在しない駅名でした。

さらに詳細を知るために、質問掲示板に「○○駅という駅をご存知ですか?」と書き込んでみました。

その夜、友人がゲームを返しに来た後、掲示板を確認してみると、一件の返信がついていました。

「○○駅なら知ってます。以前、友人がそこへ行ったと話していました。

でも、できればお祓いを受けた方がいいです。

その友人も、話をした数日後に事故で亡くなっています」

彼は翌日、会社を休んで、神社へ行きお祓いを受けました。

そして数日後、彼は交通事故に遭いました。

しかし幸いなことに命に別状はなく、腕と足の骨折で済みました。

彼は今でも思っています。

あの夜、あの場所で、何か別の存在と交わってしまったのではないかと。

そして、「○○駅」とは、現実と異界の狭間にある、忘れられた“どこか”なのかもしれないと。

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