
親父が亡くなって半年経った秋のことだ。俺は実家の片付けのために、地元の町に帰っていた。親父の遺品整理は思いのほか時間がかかる。机の引き出しから出てくる古いアルバム、黄ばんだ手紙、子どもの頃の俺の成績表。すべてが親父との距離を思い出させた。
仕事を辞めて実家に戻ってきて二週間が経っていた。フリーランスの仕事はリモートで進められるが、親父の遺品処理に追われると、集中力が散ってしまう。銀行員だった親父は、整理整頓の人だった。だが、遺された書類や記録は、まるで暗号のように複雑だった。俺はそのような細かい作業が苦手だ。親父からその点を何度も指摘されていた。
その日の午後、俺は気分転換に、昔よく散歩していた山道を歩いてみようと思い立った。樹齢の古い杉の間を通り抜け、苔むした石段を下っていくと、古い鉄道の枕木が見えた。廃線になったのはもう30年以上前だという話だ。子どもの頃、この線路からこぼれた砂利で遊んだ記憶が蘇った。親父も一度だけ、この線路を一緒に歩いたことがあった。その時、親父は何も話さず、ただ俺の後ろから歩いていた。
好奇心に駆られて、その廃線路を辿ってみることにした。レール上を歩き続けると、やがて古びた駅舎が姿を現した。木製の改札と、褪せた看板。「岳根駅」と書かれていた。俺はその駅を見たことがなかった。少なくとも、子どもの頃の地図には載っていなかった。母に話しても知らないという。いつの間にできて、いつの間に廃止されたのか。謎だった。
駅舎の中に入ってみた。薄暗い待合室には、木のベンチが並んでいた。ベンチの上には、昭和30年代と思われるお菓子の包紙が落ちていた。壁には昭和40年代のポスターが貼られたままだった。「この春、就職する君へ」という古びたスローガンだ。駅員室の窓口には、誰もいなかった。だが、カウンターの上には古い公衆電話があり、その上の乗車券が何枚か積み重なっていた。乗車券をよく見ると、日付は昭和48年で統一されていた。
天井から漏れた雨の跡が、月日の経過を物語っていた。俺は奥へと進んだ。壁には時刻表が貼られていたが、数字は色褪せて読めない。ただ、その配置は異様だった。駅名が一つも書かれていない白紙の時刻表。風がどこからか吹き込み、紙くずを舞い上げた。壁に打ちつけられた古い掲示板には、「乗り換え駅。ここから先はない」と走り書きされていた。
※
ふと、ホームの向こう側に人影が見えた。白いシャツを着た男性だ。駅員だろうか。彼は腕時計を見ていた。その姿勢は、とても落ち着いていた。
「すいません。ここはどこですか?」と俺が声をかけると、男性はゆっくり俺の方を向いた。その顔は、子どもの頃の親父とそっくりだった。いや、親父だ。もう亡くなってはいるが、確かに親父だった。親父が死ぬ直前の年齢ではなく、もっと若い頃の親父。仕事で忙しく、俺と話す時間を惜しんでいた親父。年賀状の写真でしか見たことがない、50代の親父。
「ここは乗り換え駅だ。お前、何か忘れ物をしてないか?」親父は淡々と言った。声の質感までが、確かに親父のものだった。
俺は理解できずに黙っていた。このような場面は、現実ではあり得ない。だが、その違和感すら、どこか遠い。あたかも学生時代の夢を見ている時のように、あり得ないことが自然に感じられた。親父は再び時計を見た。その時計の秒針が止まっていることに気づいた。15時47分。それは親父が亡くなった時刻だった。病院から連絡が来たのが、ちょうどその時間だった。俺の腕時計を見ると、同じ時刻で止まっていた。
「この駅には一度だけ来ることができる。昔の世界に」親父は続けた。声に抑揚はない。「お前は何か伝えることがあるか?」
俺の喉が詰まった。親父に言い残したことがある。山ほどある。子どもの頃、親父が仕事で不在だった日々。帰ってきても、俺に視線を向けない親父。俺の学校での出来事に興味を示さない親父。親父との関係は常にどこか冷たかった。そして、その冷たさのまま親父は死んだ。葬式で流した涙も、後悔のためだったのか、それとも社会的な義務感だったのか。俺自身、区別できずにいた。
「ごめんなさい」とだけ、俺は言った。声が裏返った。
親父は薄く微笑んだ。その笑顔は、生前に見たことのないものだった。温かい表情。「それだけ言えばいい。もう帰ろう」
※
気がつくと、俺は線路の上に立っていた。駅舎は消えていた。あるのは草生した枕木だけだ。夕焼けが山の向こうに沈みかけていた。腕時計を見ると、15時47分。秒針が動いていない。
一歩、また一歩と元来た道を戻った。杉の森を抜け、石段を上り、いつもの散歩道に戻った。実家に帰ると、母が言った。「あら、いつの間に出かけていたの?朝からずっと座間にいたじゃない」
その日から、秒針は動かなくなった。でも不思議なことに、時間は確かに流れている。朝になり、夜になり、季節が変わっていく。この腕時計は、いまだに15時47分を指し続けている。
あれは何だったのか。親父に会ったのか、それとも単なる幻覚か。いまだに答えは出ない。ただ、岳根駅に行こうとしても、あの道を辿ることはできない。何度試してみても、廃線路の先に駅は現れない。地図を見ても、そこに岳根駅はない。
親父が亡くなってから、もうすぐ一年だ。その間、俺は何度も同じ質問を自分に投げかけてきた。あの瞬間、俺は本当に親父に謝ることができたのか。それとも、俺が勝手に作り出した幻想に過ぎないのか。
最近、古い日記を見つけた。子どもの頃の俺の字だ。「父さんが帰ってくるまで待ってる」と何度も書かれていた。その日記の最後のページには、親父の筆で「帰ってきたぞ」と書かれていた。俺は、その字を見た時に初めて、親父が俺を見つめていたことに気づいた。