ノッポな人形(従姉妹シリーズ3)
公開日: 従姉妹シリーズ
中学二年の秋口、俺は勉強も部活もそっちのけでオカルトに嵌っていた。
その切っ掛けになったのが近所に住んでいた従姉妹で、この人と一緒に居たせいで何度かおかしな体験をした。これはその中の一つ。
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夏休みも終わり、一ヶ月が過ぎようとしている頃だった。
俺は従姉妹に誘われ、家から一時間ほどの場所にあるケヤキの森に来ていた。
美人だが無口でオカルト好きな従姉妹は取っ付き難く、正直二人で居るのは苦手だったのだが、従姉妹が買ったバイクに乗せてもらえるので誘いに乗った。
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ケヤキの森は周辺では有名な心霊スポットで、
「今は使われていない製材所で夜ごと手首を探す男が出る」
「森の中ほどに位置する沼には死体が幾つも沈んでいる」
といった噂が幾つもあり、怪談には事欠かなかった。
そうでなくても木々が鬱蒼と茂り、昼でも薄暗い様子は、一人きりで放り出されたような不気味な感覚を覚える。
従姉妹が俺を誘ったのも、オカルト要素たっぷりのスポットを探検したいがためだった。
森の内部に踏み入るにつれ道は狭く細くなり、やがて獣道同然の心許無いものになった。
俺は既に腰が引けていたのだが、従姉妹が躊躇いなく進んで行くので仕方無く着いて行った。
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やや大き目の木の下に差し掛かった時、従姉妹が嬉しそうに何かを指差した。
見上げるとその木に板が打ち付けてあった。いや、ただの板ではない。太い釘が大量に刺さっている。
近付いてよく見ると、板に細い木材を組み合わせたノッポな人形のようなものが付けられてあり、そこに五寸釘が大量に打ち込まれていた。
俺は人形を見上げながら、どこかしら奇妙な違和感を覚えていた。
藁人形ではなく木の人形。身を捩るような造形のそれは、稚拙ながら関節まで再現されており、それ故に禍禍しさを感じさせた。
俺は従姉妹に引き上げようと告げ、元来た道を戻り始めた。従姉妹は意外にも素直に付いて来たが、恐ろしいことを口にした。
「夜に来てみない? 丑の刻参りが見られるかも。釘、まだ新品だったし」
俺は強く反対したのだが従姉妹に押し切られ、結局その夜、家人が寝静まった夜半過ぎに家を抜け出した。
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従姉妹と待ち合わせたケヤキの森に着く頃には、午前一時を回っていた。
入り口にバイクを隠し、懐中電灯の明かりを頼りに森の中へと足を進めた。
夜の森は静まり返り、昼間とは全く違う顔を見せていた。
鈴虫やコオロギの声、俺や従姉妹が下生えを踏みしめる音。有機的な匂い。
時折ガサッと何かが立てる音がして、俺を怯えさせた。
だが従姉妹は意に介する様子無く歩き、俺は呆れると同時に心強く思った。
昼間に人形を見つけた木まで辿り着き、離れた茂みに身を潜めることにした。
従姉妹が時計を確認し、懐中電灯を消す。
「もう少しで午前二時。楽しみだね」
従姉妹が囁いた。
俺は内心『楽しみじゃねえよ』と毒づきながらも頷いた。確かに高揚するものはあった。
※
動くものが無くなった森の静寂は耳を刺すようだった。ここに着くまでに多少汗を掻いたのだがそれも今は引き、やや肌寒いくらいだった。
時間は歩みを止めたかのように速度を落とした。先ほどの高揚はやがて緊張に姿を変えた。
俺は暗闇の中に打ち付けられている人形を思い浮かべ、昼間の違和感は何だったのかと考えていた。
木……人形……幹。
「あっ」俺は思わず声を上げた。従姉妹が振り返る気配。
「しっ」と小さな声が聞こえた。俺は違和感の正体に気付いた。
何で思い当たらなかったんだろう。あの人形を、俺と従姉妹は見上げていた。もちろん従姉妹は女、俺はまだ中学生だ。
しかしあれは、二メートルよりかなり高い位置に打ち付けられていた。
大人でも五寸釘を打ち込むのには適切な高さがあるはずだ。自分の目の高さか、もう少し上くらい。でもあれは二メートル五十センチはあった。
一体どんなやつならあんな場所にある人形に釘を打てるんだ。
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俺が恐慌を来し始めた時、遠くから下生えを踏む音が聞こえてきた。
虫の声が止んだ。微かな音を立て、ゆっくりとこちらに近付いて来る。
従姉妹が隣で息を飲んだ。俺は自分の手足が冷たくなるような感覚に襲われた。
足音が近付く。引き摺るような乾いた擦過音が混ざっている。もう目前から聞こえてくる。
いくら夜の森でも、ぼんやりとくらいは見えるはずだ。しかし目の前には何も見えない。ただ足音だけが通過した。そして、立ち止まった。
木の下に着いたのだろうか。辺りは再び静まった。もう足音は聞こえない。
「あ、ヤバい」
従姉妹が小さく呻いた。
「逃げるよ」
そう言って俺の腕を掴み走り出す。
それで一気にパニックが襲った。必死に走った。よく転ばなかったものだと思う。
とにかく、何かが、得体の知れない何かが追って来るのを想像して全力で駆けた。
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バイクの隠し場所に辿り着くと、従姉妹を急かしてバイクの後ろに飛び乗った。
その間、片時も背後の森から目を離さなかった。エンジンが掛かりバイクが走り出すと、安堵感が全身を包んだ。
最後に振り返った時、森の入り口に何か白いものが見えたような気がしたが、よく分からなかった。
※
後日、従姉妹にあの夜見たものについて聞いてみた。
俺はかなり引き摺っていたのだが、従姉妹は全く堪えていないようだった。
「あれはね、生きてるものではないね。肉体が活動しているかという意味で言えば…ってことよ」
「何であんな高い場所に打ち付けてあったんだよ」
「ああいうのは感情の強さによって、形を変えるの」
「死んでからもあそこに通ってたってこと?」
「通ってたって言うより、あの人形そのものになっていたんじゃないかなあ。あの人形、やたらノッポだったでしょ」
そして従姉妹はニヤリと笑ってこう付け足した。
「つまり、あの人形をあんたの家に置いておけば、毎晩あれが来るんだよ」
暫くの間、俺はそれまでとは打って変わって家中を掃除するようになった。