女並通り(従姉妹シリーズ2)

公開日: 従姉妹シリーズ

川(フリー写真)

昔から古い物には魂が宿ると言う。長い年月を経て魂を得たものは九十九神とも付喪神とも呼ばれ、神や妖怪のような信仰と、僅かな恐怖の対象にされてきた。

澁澤龍彦(小説家、フランス文学者、評論家)はそれを、日本人の古いものに対する愛着と畏れの表れだと記している。

だが本当にそれだけなのだろうか。中には年輪のように記憶を積み重ね、語るようになった物もあると、俺はそう思う。

小学生の頃、俺は俗に言う鍵っ子で、中学年になってからは学童保育に通っていた。

迎えには近所に住んでいた五歳上の従姉妹が来てくれていたのだが、これが少し変わった人で、一緒に行動する内に幾つかおかしな体験をすることになる。

歩くだけで汗ばむ暑さも、日が落ちるに従って大分落ち着き始めた。小学五年の夏休み前のことだったと思う。

その日は学童保育からの帰り道、従姉妹と商店街の裏通りを歩いていた。

通い慣れたいつものコース。左手は商店街、右手は小川が流れるその小道は『女並通り』と呼ばれていた。

夕闇が近付く中、時折擦れ違う買い物帰りの主婦を除いて辺りには人気が無く、少し離れた商店街のざわめきが聞こえてくる他は静かだった。

石を蹴りながら歩いていると、小川の方から瀬戸物が触れ合うような音がした。辺りを見回したが何も見当たらず、俺は空耳だろうと考えた。

少し経つとまたさっきの音が聞こえた。今度は人の話し声も混ざっていた。

立ち止まるといつの間にか商店街のざわめきが聞こえなくなっていることに気付いた。

また瀬戸物が鳴る音と話し声が聞こえる。一瞬、笑い声まではっきりと聞こえた。見回しても俺と従姉妹の他は誰も居ない。

急に辺りの夕闇が濃くなったような気がした。奇妙な静けさが痛いほど耳に迫る。

従姉妹を呼び止め、先程聞いたものについて話した。

「ねえ、変な音がしたよ。誰も居ないのに話し声がしたんだ」

俺がそう言うと、従姉妹は少しの間、耳を澄ませてから言った。

「この川、昔はもう少し大きかったの、知ってる?」

また姿の無い笑い声が聞こえた。

「商店街が出来る前はね、民家がずうっと立ち並んでいて、川はここに住む人たちの生活を支えていたの」

沢山の瀬戸物が触れ合う音や、濡れた布を叩くような音もする。

「その頃は炊事や洗濯は全て川に頼りっきりで。同時に主婦たちのお喋りの場にもなっていてね、だからこの通りは今でも女並通りなんて呼ばれているんだよ」

従姉妹はそう言い終わると歩き出した。俺は離れないよう慌てて隣に並びながら聞いた。

「これはその時の音? どうして今聞こえるの?」

従姉妹は屈んで俺の顔を覗き込んだ。

「今はもう誰も使わなくなったのだけど、川は忘れたくないのね。自分を昔頼っていた人たちのことや、その思い出なんかを」

そう言って俺から視線を外し、川を振り返って眺めた。俺もつられて振り返った。

その時、川岸で食器を洗い、洗濯をしながら世間話に興じる人たちの姿を確かに見たような気がした。

俺は何だか懐かしいものに触れたような思いで、それに見惚れた。

従姉妹が俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。我に返るともう何も見えなかった。

やがて遠くから商店街のざわめきが聞こえてきた。

関連記事

暗い夜空(フリー写真)

記憶を追って来る女(従姉妹シリーズ7)

語り部というのは得難い才能だと思う。彼らが話し始めると、それまで見て来た世界が別の物になる。 例えば、俺などが同じように話しても、語り部のように人々を怖がらせたり楽しませたりは出…

トンネル(フリー素材)

霊の行く場所(従姉妹シリーズ5)

前回の件があった六年後、一家揃って隣の県に引越しました。 当時の私は社会人一年目であり、まだまだ学生気分が抜けておらず、その日は新入社員四人で心霊スポットへ行く事になりました。 …

トンネル(フリー写真)

壁の中の生活(従姉妹シリーズ4)

俺の親類には怪談好きが多かった。祖母や叔父などは、ねだれば幾つでも怪談を話してくれたものだ。 中でも俺のお気に入りだった語り部は、年上の従姉妹だった。 この人が変わり者で、…

犬(フリー写真)

せいちゃん(従姉妹シリーズ1)

五つ年上の従姉妹の話。 何だかおかしな人で、彼女と関わったことで幾つか奇妙な体験をした。 今から話すのはその中の一つ。 ※ 俺がまだ小学生だった頃、近所にせいちゃんと呼…

廃墟(フリー写真)

付喪神(従姉妹シリーズ6)

電話やテレビ、ラジオなど、所謂メディアにまつわる怪談は多い。その殆どが、どこかに繋がってしまうという内容だ。 便利さの反面、直接的ではない伝達に人間は恐怖心を抱くのだろうか。 …

森(フリー写真)

ノッポな人形(従姉妹シリーズ3)

中学二年の秋口、俺は勉強も部活もそっちのけでオカルトに嵌っていた。 その切っ掛けになったのが近所に住んでいた従姉妹で、この人と一緒に居たせいで何度かおかしな体験をした。これはその…