夜道の同乗者

夜の山道と幽霊の女性

十年近く長距離トラックの仕事をしている。毎週月曜から金曜まで関東と九州を往復し、金曜の夜中に自分の車で帰宅する。帰路はいつも同じ、中央道で山梨県に入ってから一般道に乗り換え、栄養ドリンクを飲みながら地元に向かう。この仕事を始めた当初は眠気との戦いだったが、今では完全に身体が慣れている。毎週同じ時間に同じ道を走っているから、道沿いのコンビニやサービスエリア、看板の位置まで全部覚えた。走行距離はいつも350キロ前後。疲労度も計算できる。

その夜も特に変わりはなかった。深夜3時近く、走行距離350キロを越えたあたりで眠気が襲ってきた。ただし致命的ではない程度の眠気だ。サービスエリアで仮眠を取るか悩みながらハンドルを握っていると、山道の路肩に女性が立っているのが見えた。

深夜に女性が一人で立っているなんて珍しい。最初は誰かが降ろしたのだろうと思った。二度見しなければそのまま通り過ぎていただろう。だが何となく、急ブレーキをかけた。運転手歴が長いと、こういう「何となく」という感覚が研ぎ澄まされるのかもしれない。

「大丈夫ですか」と窓を開けて声をかけると、女性は黙ったままこっちを見た。20代後半だろうか。薄紫色のジャケットを着ていた。真っすぐこちらを見つめている。目は開いているが、何かを焦点として見ているのではなく、単に開いているだけという印象だった。

「乗りますか」

女性は何も言わず、助手席のドアを開けて乗り込んだ。シートベルトもかけない。靴のまま足を上げた。

「どこまで行きますか」と聞いても答えない。窓の外を見つめている。視線は動かない。特に怖いわけではなく、ただ疲れているだけかもしれない。徘徊中の患者が誰かに拾われて、黙ったまま乗っているような。そんな感じだった。俺もそれ以上話しかけることはなかった。

車を走らせながら、何度か横目で女性を見た。動かない。呼吸をしているのか、生きているのか、そういうことすら判断できなかった。ただ、そこに存在していた。助手席に座っている。それだけが事実だった。

走行中、何度か女性のほうを見たが、彼女は一度も俺のことを見ていなかった。常に前を見ていた。ただし、見ているというより、視線が前に向いているだけ、という感じだ。瞼の開き具合も変わらない。

山道を抜け、田んぼが広がる一般道に入った。街灯がまばらになり、視界はさらに暗くなった。30分のドライブはいつも同じペースで流れていく。助手席の女性も、変わることなく前を見ていた。

そのとき、ふと思った。助手席に乗っている女性は、本当に呼吸をしているのだろうか。胸の上下を見ようとしたが、薄紫のジャケットが邪魔で判断できなかった。

いつもの分岐点に着いた。中央道を降りて、一般道に入る手前のT字路だ。ここから先は地元の道だ。

「ここ、どうします」と言いながら横を見ると、助手席は空だった。

何も考えず、言葉も出なかった。ただ数秒間、その空の座席を見つめていた。シートベルトもかけられていない。助手席のドアは、確かに女性が開けて閉めたはずなのに、もう一度確認しても触れた形跡はない。ドア内側のロックもしっかり閉まっていた。

運転中、女性がドアを開けて落ちることはなかった。そこは山道だが、走行速度は遅い。何より、走行中に音がしたら聞こえるはずだ。エアコンを消して、窓も開けずに走っていた。

その日から、毎週同じ時間にその女性が立っている。見ても何も言わない。乗せても何も言わない。30分後、消える。

今は乗せるようにしている。話しかけることもない。ただ、走りながら横を見て、存在を確認して、いつもの分岐点で一人になる。それだけだ。

同じ仕事をしている運転手に話したことがある。関東から九州、あるいはその逆を行き来する職業柄、顔見知りの運転手は何人かいる。その中の一人、十年来の知り合いのベテラン運転手に。

すると、彼もこう言った。

「あぁ、知ってる。あそこの女の子、俺も毎週乗せてるよ」

「え」

「何か変だなって思ったけど、まぁいいや、みたいな」

「毎週って…」

「月曜に走ると乗ってることもあるし、金曜に走ると乗ってることもある。時間は決まってない。ただ、あの場所でだけ見かける。同じ女の子だと思う。薄紫のジャケット、着てたでしょ」

俺は頷いた。

「運んで30分ぐらいで消える。乗ってることに気づかないこともある。走ってるうちに、いつの間にかいなくなってる」

「どうするんですか」

「そのまんまだよ。特に何もしない。死体か何かが落ちてるわけでもないし、警察に届ける内容でもない。ただ、毎週そこに立ってるから、見かけたら乗せる。それだけ」

その後、別の運転手にも聞いた。三人に聞いたうち、二人が同じ女性を見かけたことがあると言った。もう一人は「そういう話、聞いたことがある」と言うだけだった。

今は、あの女性が立っているのが当たり前になった。見かけたら乗せる。何も聞かない。30分走って、消える。毎週。

時々、夜間走行中に後ろを見ることがある。助手席の女性の姿を確認するために。助手席には、確かに誰かが座っている。薄紫のジャケット。前を見つめたままだ。その女性が誰なのか、なぜ毎週その場所に立っているのか、どうして30分で消えるのか、そんなことはもう考えない。

怖い話・不思議な体験・都市伝説まとめ|ミステリー

ミステリーを応援する

いつもお読みいただき、ありがとうございます。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

月額 220円(初月無料)または 880円 の買い切りで、
広告のない、静かな読書体験をお届けします。

プランを見る
メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。

読んでいただけるだけで、十分に励みになります。
それでも応援したいと思ってくださる方へ、心より感謝いたします。