縁側に残っていたもの

夕暮れの縁側と山の風景

父が逝って最初の盆に、三年ぶりに実家へ帰った。

山の中腹にある集落で、最寄りのコンビニまで車で四十分かかる。子供の頃は不便だとしか思っていなかったが、四十を過ぎてから、この景色がたまらなく恋しくなることがある。

父は七十三で逝った。持病の心臓だった。

俺が仕事を終えて病院に着いたときには、すでに間に合わなかった。母は「今朝まで普通に話してたんだよ」と何度も言った。それ以上のことは、二人ともうまく話せなかった。

葬式の間中、俺はずっとうまく実感が持てなかった。四十過ぎた男が泣くのもみっともないと思っていたのか、それとも本当に頭が追いついていなかったのか、今でもよくわからない。

実家に着くと、母が縁側に座って庭を眺めていた。

縁側は父の指定席だった。天気のいい日は朝飯の後と夕飯の前に必ずここに座って、山の方を見ていた。何を考えているのかは知らない。ただぼんやり座っているだけだったが、父の縁側姿は実家の風景の一部として俺の中に刷り込まれていた。

「お前が来る前から、なんかここに誰かいる気がしてね」

母は俺の顔を見るなり、そう言った。

「気のせいじゃないの」と答えたが、母は「そうかねえ」と言いながら縁側を手で撫でた。縁側の板は、父の手の脂が染み込んでつやつやしている。何十年も毎日座り続けた証だ。

父が縁側を拭くのは朝の習慣だった。ぼろぼろになった雑巾を使って、毎朝板をさっと拭いてから座る。「別に汚れてないだろう」と子供の頃に言ったことがある。父は「気持ちの問題や」と言った。それだけだった。

俺は荷物を置いてから、縁側に腰を下ろした。

久しぶりに座ると、板が温かかった。日当たりがいいから当たり前なのだが、なんとなく——さっきまで誰かが座っていたような温かさに感じた。

気のせいだと思った。

それにしても、この景色は変わらない。山の稜線、遠くに見える杉林、風で揺れる庭の梅の木。子供の頃から何一つ変わっていない。ただ父がいないだけだ。

ただ父がいないだけで、こんなにも景色が変わって見えるものか、と俺は思った。

夜、縁側に面した和室で布団を敷いて寝ていると、不意に目が覚めた。

時計を見ると深夜の二時過ぎだ。

何か物音がしたわけではない。子供の声も、雨の音も、風もない。ただ、ふと目が覚めた。

山の中の夜は静かすぎるくらい静かだ。都会に住み慣れた今では、その静かさがかえって気になる。虫の声が遠くに聞こえる。それ以外は何もない。

窓の向こうに縁側が見える。障子を閉めているのに、なんとなく縁側の方が気になった。起き上がって障子を開けると、縁側には誰もいない。当然だ。

月が出ていた。縁側の板が白く光っている。

ただ、線香のような匂いがした。

仏壇は別の部屋にある。縁側からは距離がある。それなのに、縁側に立つと確かに線香の煙の匂いがした。かすかに、でも確かに。

この匂いは知っている。父が生きていた頃、毎朝仏壇に線香を上げてから縁側に座っていた。着物に染み込んだ線香の匂いを漂わせながら、ぼんやりと山を見ていた。子供の頃、その隣に座ると匂いがした。この匂いだ。

「お父さん?」

声に出してみて、自分でも驚いた。四十過ぎた男が、暗い縁側で父親に話しかけている。

返事はなかった。当たり前だ。

でも匂いは、しばらくそこにあった。

翌朝、母に昨夜のことを話した。

線香の匂いがしたと言うと、母は「ああ」と言いながら台所の方を向いた。

「昨日の夕方、縁側を雑巾で拭いといたんだよ。お父さんが生きてる頃、いつも自分で縁側を拭いとったから。お前が来るから、きれいにしとこうと思って」

「それで線香の匂いがするの?」

母は首をかしげた。

「さあ。雑巾はそこに干してあるけど」

縁側の端に干してある雑巾を見ると、完全に乾いていた。昨日の夕方から干してあったなら、乾いているのは当然だ。でも——

俺が縁側に腰を下ろしたのは、母が「縁側を拭いた」と聞く前だった。

あの板が温かかったのは、日当たりのせいだと思っていた。

でも昨日、縁側に初めて座ったのは夕方だ。日が山の向こうに沈んで、日当たりはもうなかった。

俺はしばらく、干した雑巾を見つめていた。

「お父さん、来てたのかなあ」と母が言った。不安そうでも、怖そうでもなかった。ただ、どこかうれしそうだった。

俺も何も言えなかったが、不思議と怖くはなかった。

三日間の帰省を終えて、山道を車で下りながら、俺はバックミラーで実家の屋根を探した。

木々の合間にかろうじて見える古い瓦屋根。縁側は見えない。当然だ。でも、あの縁側に誰かが座っているような気がした。

父が逝ってから、泣けなかった。葬式でも、その後も。

山道を下りながら、ようやく少し泣けた。

線香の匂いは、最後まで何だったのかわからない。

父が来ていたのか、俺の記憶が作り出したものなのか、それとも本当にただの偶然なのか。そんなことは、もうどうでもいい気がした。

ただ、あの縁側はまだ温かかった。

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