
祖母の遺品を整理していた時、古いアルバムの底から一枚の写真が落ちてきた。
昭和30年代だろうか、色褪せた写真には、白い着物を着た少女が写っていた。背景は京都らしい、石段の多い参道だ。その瞬間、私は息が止まりそうになった。その少女の顔が、鏡を見ている自分の顔とまったく同じだったからだ。
額の位置、眉の形、唇の薄さまで。不気味なほどに一致していた。同じ母から生まれた姉妹でもここまで似ることはない。まるで同じ人間が二つの時間に存在しているような、そんな違和感に身体が総毛立った。
祖母は京都出身だった。私が生まれるずっと前から大阪に住んでいたはずなのに、この写真はなぜ祖母の遺品の底に隠されていたのか。その少女は誰だ。どうして私と同じ顔をしているのか。
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大学の講義が終わったその日の午後、私は古い写真を持って、祖母の故郷である京都へ向かった。祖母は二年前に亡くなっていたし、聞く人もいなかった。だけど何か、確かめずにはいられなかったのだ。胸の奥に、説明のつかない緊張感があった。それは怖さのような、懐かしさのような、その両方が混ざったものだった。
京都駅からバスに乗り、大学に近いという古い神社を目指した。写真の背景を見ると、間違いなくその神社の参道だと確信できた。鳥居の形、奥に見える社殿のシルエット、すべてが一致していた。到着したのは夕方五時過ぎ。早春の京都は冷えており、参道を歩く観光客もまばらだった。
朱色の鳥居をくぐると、参道の階段が薄暗く続いていた。石灯籠がところどころに配置され、昔ながらの苔むした石段は、一歩踏み出すたびに足が沈むような感覚を与えた。その時、強い既視感に襲われた。足の運び方、空気の匂い、石段の角度まで。全部、知っていた。
知っているはずがないのに、確実に知っていた。それは記憶ではなく、もっと深い部分の何かが、この場所を認識していた。左手の石灯籠の欠けた部分、右側の苔の生え方、その奥の階段の数までもが、私の中の何かが覚えていた。
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参道の途中に小さな石碑があった。背丈ほどの高さで、苔むしていて、彫られた文字は消えかけていた。だが、何故か読めた。『昭和三十二年 春 祈りの日』という意味のことが、かすかに見えた気がした。
その瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。この参道で、誰かが走っている。後ろで誰かが呼んでいる。声は大人の男の声だ。その声は怒っていたのではなく、悲しんでいた。切実に何かを訴えかけようとしている、そんな声だった。
映像は一瞬で消えた。実際には何も見ていない。だが、その時の感覚は鮮明に残った。胸が締め付けられるような、助けを求めたいのに声が出ない、そんな感覚。足が地に着いていない恐怖感。逃げたいのに逃げられない。
私は足を止めて、深呼吸をした。周囲には他の参拝客がいない。春の夕暮れの静寂の中で、自分の心臓の音が妙に大きく聞こえた。
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神社の社務所には誰もいなかった。拝殿に賽銭を入れ、参拝して、そのまま下山した。帰宅した後、私はネットで調べ始めた。祖母の名前、昭和三十二年、京都、この神社。何も出てこない。ただの偶然だ。そう自分に言い聞かせた。
だが一つだけ、本当に奇妙なことを見つけた。この神社の公式サイトの「古い写真」というコーナーに、昭和時代の参道の写真が複数掲載されていた。その中の一枚には、確かに白い着物の少女が写っていた。
写真のキャプションには『昭和三十二年 春の儀式にて』と書かれていた。だが、少女の名前は記載されていなかった。横に立つ大人の男性(神社の神主だろうか)は顔がはっきり映っていないが、その姿勢から悲しみか、悔しさのようなものが伝わってきた。
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その夜、夢を見た。初めて見る景色なのに、全部知っている。古い木造の家の縁側。障子戸がかすれた音を立てている。奥の部屋では誰かが泣いている。その泣き声は、深い悲しみではなく、何かを失った絶望の泣き声だった。
私は走りたい。体を動かしたい。でも足が動かない。体が動かない。動かしたくないわけではなく、動かせないのだ。まるで誰かに抱きしめられているように、でも触れられてもいないのに。
目が覚めた時、頬が濡れていた。泣いていたのだ。今の私が。枕は涙で浸りきっていた。時計は午前3時を指していた。
その後、眠ることができなかった。窓の外は暗く、夜明けまでまだ何時間もある。ベッドの中で、私は体が動かない感覚が現実ではないかと疑い始めた。
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翌週、祖母の家に親戚が集まる機会があった。母の兄、つまり伯父が遠方から来ることになったのだ。普段は顔を合わせることもない親戚だが、この時ばかりは何かを聞く機会だと思った。
食事の後、私は勇気を出して、その古い写真を伯父に見せた。伯父は一瞬、顔色を失った。そして、ぶつぶつと何か言い始めた。『この話は……聞かされたことがある。おばあちゃんは、妹がいたと。でも誰もその話をしなくなって。親父も、この話題になると黙ってしまった』
伯父の話によると、祖母には妹がいたはずだという。だが、その妹は戦後間もなく、京都のどこかで『事故』が起きて、その後どうなったのか誰も話さなくなったのだと。名前も、何が起きたのかも、きちんと聞かされたことがないと言った。
『何かね、その事故のことで、おばあちゃんはずっと罪悪感を持ってたんじゃないかと思うんだ。母さんに何度か、妹の話を始めかけたことがあるけど、その度に止めてしまってた』
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今、私は毎晩、その夢を見る。古い家。誰かの泣き声。動かない体。そして目覚めて、涙が流れている。それは悪い夢ではなく、何かを思い出させようとしている、そんな感覚だ。
祖母が生前、私を見つめるようになったのは、私が高校生の時だった。不思議に思って、祖母に理由を聞いたことがあるが、祖母は微笑むだけで何も答えなかった。祖母の遺された写真をすべて見直すと、最後の年の祖母の瞳には、いつも何かを確認するような、あるいは何かを謝りたいような、複雑な表情が映っていた。
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写真から見つかったその少女の名前を、私はまだ知らない。ただ、その顔が私の顔と同じことだけは、変わらない。戸籍を調べることもできるだろう。神社に問い合わせることもできるだろう。でも、何故か私は、その情報を求めていない。
そして時々、私は思う。私の中に、その少女の記憶がいるのか。それとも、その少女が、私の中で生まれ変わろうとしているのか。あるいはもう、ずっと前から、ここにいるのか。
京都へ行くたびに、その石段の前で足が止まる。何かを思い出しかけるが、思い出せない。その一歩先に、何かがある。明かりの届かない奥に。でも、怖くて踏み出せない。踏み出してはいけない気がする。
その一歩が、何を連れてくるのか、まだ分からないままだ。もしかして、それを知ることが、私が生まれてきた理由なのか。それとも、知らないままでいることが、唯一の救いなのか。