夢の水族館で

ガラス越しの水族館

俺は、じいちゃんのことが大好きだった。

初孫だったこともあって、じいちゃんはとても可愛がってくれた。

おねだりが得意じゃなかった俺にも、いろいろな物を買ってくれたし、虫採りや泳ぎを教えてくれた。

デパート、遊園地、どこにでも連れて行ってくれた。

近くに大きな運動公園ができると聞けば、「完成したら一緒に行こうな」と言いながら、まだ更地の状態のその場所にも連れて行ってくれた。

けれど、その運動公園が完成しても、じいちゃんが俺を連れて行ってくれることはなかった。

小学四年のある夏、じいちゃんは突然この世を去った。

完璧主義で我慢強かったじいちゃんは、身体の不調を誰にも言わず、倒れた時にはもう手遅れだった。

俺は、あんなにかっこよくて、何でもできたじいちゃんが死ぬはずがないと思っていた。

だから、葬式の時も実感が湧かなくて、へらへら笑いながら寺までの道に迷ったりもしていた。

けれど、家に帰って一人になった瞬間、糸が切れたように大泣きした。

それから、じいちゃんのいない日々が始まった。

忙しくて自分のことでいっぱいいっぱいになりながらも、ふとした瞬間にじいちゃんのことを思い出して、胸が詰まる。

ある日、お盆の時期に家族とじいちゃんの話をした。

話しながら、俺は葬式以来の大泣きをしてしまった。

剣道を始めたこと、絵のコンクールで入賞したこと、中学、高校と無事に進学したこと――全部じいちゃんに報告したかった。

全部、じいちゃんに喜んでほしかった。

その気持ちが溢れて、泣いた。

泣き疲れて眠ったその夜、夢を見た。

俺はいつも、夢では見覚えのある場所にいることが多いのに、その日は違った。

美術館のような、白く静かな空間。

ぼんやり立っていた俺の前に、遠くから誰かが歩いてきた。

それが、じいちゃんだった。

夢の中では、俺もじいちゃんが死んでいることをちゃんと知っていた。

じいちゃんも、もうこの世にいないことを自覚しているようだった。

「○○!」(俺の名前)

厳格だったじいちゃんが、俺にだけ見せてくれる柔らかい笑顔で呼んでくれた。

涙がこぼれそうだったけど、ぐっと堪えて、駆け寄った。

「元気か?」

「うん」

そんな、たわいもない会話を交わしながら、二人で歩いた。

確か、手を繋いでいたような気がする。

気がつくと、俺たちは水族館のような場所にいた。

ガラスのトンネルの中、色とりどりの魚が泳ぐ不思議な空間。

俺はその美しい世界に目を輝かせ、じいちゃんは優しい眼差しで俺の様子を見ていた。

夢中になって魚を追いかけているうちに、ふとじいちゃんの方を振り返ると――そこに、もうじいちゃんはいなかった。

必死で探した。涙があふれた。

でも、時間切れだった。

夢から覚めるというより、何かに引き戻されるような感覚で現実に戻された。

気づくと、頬に涙がつたっていた。

その時は、「不思議な夢だったな」くらいにしか思っていなかった。

けれど、次の年の盆、再びあの白い空間に俺はいた。

その瞬間にようやく、俺は気づいた。

これは夢じゃない。じいちゃんが、夢を通して逢いに来てくれているんだと。

その時も、じいちゃんと二人でずっと白い空間を歩いた。

今度は絶対に離れまいと、じいちゃんの手をしっかり握っていた。

ずっと視線もそらさなかった。

またいなくなってしまうのが怖かったから。

だけど、やっぱり時間切れは来る。

夢の終わりが近づいたとき、俺はじいちゃんと固く握手して、笑って言った。

「また逢いに来てね」

じいちゃんは何か言ってくれたけれど、内容は思い出せない。

ただ、頷いてくれたことは覚えている。

眩しい光に包まれて、俺は目を閉じた。

目を開けた時、そこにはもうじいちゃんの姿はなかった。

でも、俺は自分の意思で、現実に戻ってきた。

それからも毎年、盆の時期になると、じいちゃんは俺に逢いに来てくれる。

誰に何と言われようと、あれは「夢」なんかじゃない。

じいちゃんは、本当に来てくれている。

実は、母方の家系には霊感が強い人が多い。

母の母、つまりばあちゃんと、長男であるおじちゃんも、盆には必ずじいちゃんに逢っているという。

夜、目を開けたらじいちゃんが立っていて、何か一言だけ告げてから消えるのだと。

だから、うちでは誰も疑わない。みんなが信じている。

それともうひとつ。

なぜ、最初に水族館だったのか――その理由もあとから分かった。

じいちゃんが亡くなったあと、親戚のいる大阪に、大きな水族館ができたんだ。

俺は「じいちゃんと一緒に行きたかったな」と思っていた。

きっとその気持ちを、じいちゃんは知っていたんだ。

だから、夢の中で連れて行ってくれたんだと思う。

俺のためだけに用意してくれた、じいちゃんとの「ふたりだけの水族館」。

もう少し、あの時の景色をよく見ておけば良かった。

でも、またきっと逢える。盆になれば――また、夢で逢える。

関連記事

占い師

昔、姉夫婦と私と彼氏の4人で食事した帰りに『この悪魔!!!』って女性の叫び声が聞こえた。 声のする方向を見ると、路上で占いしてる女性が私に向かって指を差して『悪魔!!悪魔ああああ…

犬(フリー写真)

埋葬した子犬

心霊体験になるのか分かりませんが、子供の頃に不思議な経験をしました。 小学5年生の時、私は凄い田舎で暮らしていました。 小学校は統合され、登下校はスクールバスでないと通え…

犬(フリー画像)

愛犬との最期のお別れ

私が飼っていた犬(やむこ・あだ名)の話です。 中学生の頃、父の知り合いの家で生まれたのを見に行き、とても可愛かったので即連れて帰りました。 学校から帰ると毎日散歩に連れ出し…

案山子の神様

田舎住まいなので、通学時にはいつも田んぼの脇道を通っていた。 その日も家に帰るため、いつものように田んぼの脇道を、カエルの鳴声を聞きながら歩いていた。 すると田んぼの中に、…

年賀状をくれる人

高校生の時から今に至るまで、十年以上年賀状をくれる人がいる。 ありきたりな感じの干支の印刷に、差出人の名前(住所は書いてない)と、手書きで一言「彼氏と仲良くね!」とか「合格おめで…

iPhoneを横持ちする子供(フリー写真)

未来のゲーム

誰にも信じてもらえない出来事を、これから話します。 当時、私はまだ子供で、初代ゲームボーイが世に出たばかりの時代でした。 そのゲームボーイを親に買ってもらい、幸せの絶頂に…

教室(フリー写真)

記憶にない女の子

このエピソードは、私の友人であるAさんが小学校6年生だった頃の出来事である。 ※ ある休み時間、彼女は友人とトイレでおしゃべりをしていました。 すると、トイレの入り…

田舎の風景(フリー写真)

大きな馬

昭和50年前後の事です。 うちの祖父母が住んでいた家は、東京近郊の古い農家の家でした。農業は本職ではなく、借家でした。 敷地を円形に包むように1メートル程の高さの土が盛ら…

愛猫の最後の挨拶

うちの両親が体験した話。 もう20年も前の夏のことです。 私達兄弟が夏休みを利用して祖父母の家に泊まりに行っていた夜、当時とても可愛がっていた猫がいつまで経っても帰ってこな…

河原

時空の穴

この出来事は14年前に起こりました。私は多摩川の河原を散策していたところ、奇妙な穴を発見しました。その穴は草むらにあり、斜め下に向かって延びていました。何の気なしにその穴を進んでいく…