
私が中学生の頃に体験した出来事です。
いつのことだったか、もうはっきりとは覚えていません。
けれど、その朝の感覚だけは、今でも妙に鮮明に残っています。
その日も、いつも通り朝7時に目覚ましが鳴りました。
私は起きて洗顔をして、セーラー服に着替えました。
そして家族全員で朝食をとり、いつも通りに会話をして、いつも通りに「行ってきます」と言って家を出ました。
ところが、玄関を出た瞬間、胸の奥に小さな違和感が残りました。
何かを忘れている。
理由は分からないけれど、そう感じたのです。
私はすぐに家へ戻りました。
靴を脱いで上がり、二階の自分の部屋へ向かいました。
そこで、ベッドを見た瞬間。
思考が止まりました。
私が、寝ていたのです。
布団をかぶって、確かに「私」が横になっていました。
一瞬で膝が震えました。
理解できないのに、体だけが先に恐怖を受け取っていました。
咄嗟に、布団を一気にはね上げました。
すると、その瞬間。
今度は私が、ベッドから起き上がったのです。
まるで映像が巻き戻るように。
あるいは、場面が切り替わるように。
私は、目を開けた「この世界」に戻っていました。
夢だったのかもしれない。
そう思いながら、反射的に時計を見ました。
8時でした。
一気に血の気が引きました。
遅刻する。
私は慌てて一階へ駆け下りました。
そして母に言いました。
「何で起こしてくれなかったの。
遅刻するじゃない」
母は目を見開き、ぽかんとした顔になりました。
そして、信じられないことを言いました。
「え……今、出て行ったよ。
ご飯も食べてたし。
それに、あんた……今パジャマじゃないの」
私の全身が冷たくなりました。
母の視線が、私の服装を確かめるように上下に動きました。
私自身も見下ろしました。
確かに、私はパジャマでした。
私は、さっきの夢のような場面を思い出し、声が出なくなりました。
頭の中で、点が点のまま散らばっていきました。
テーブルの上を見ると、私が朝食を食べた痕跡が残っていました。
使った食器。
少し残ったパンくず。
飲み物のグラス。
そして、二階の部屋へ戻って床を見ると、脱いだ後のセーラー服がありました。
ここにある。
確かにある。
なのに、私は今パジャマ姿で、8時に立っている。
母も、確かに「私がさっき家を出た」と言っている。
何が起きたのか、説明がつきませんでした。
それでも学校には行かなければいけません。
私はもう一度、用意をしました。
制服に着替え、鞄を持ち、玄関を出ました。
結局その日は遅刻して登校しました。
授業中も、休み時間も、頭の中は朝のことでいっぱいでした。
でも、考えれば考えるほど分からなくなりました。
どこからが夢で、どこからが現実だったのか。
そもそも、夢だったのかどうかさえ、確信が持てませんでした。
母も、後から何度聞いても首をかしげるばかりでした。
それから先、同じようなことは一度も起きていません。
けれど、あれから十年経っても、私には分からないままです。
あの朝。
家族と朝食をとって、制服に着替えて、「行ってきます」と言って出て行ったのは。
本当に、私だったのでしょうか。
それとも。
私が見た「私」は、先に出て行ってしまった、もう一人の私だったのでしょうか。