
高校生の頃の話です。
自分の部屋で、床にクッションを置き、壁にもたれて漫画を読んでいました。
トイレに行きたくなり、読みかけの漫画をクッションの前に置いて部屋を出ました。
用を済ませて戻ると、その漫画がありませんでした。
床も机もベッドの下も、トイレの中まで探しました。
それでも見つからず、いずれ出てくるだろうと諦めて、別の巻を読み始めました。
しばらくして夕食に呼ばれました。
今度は「ここに置く」と自分で意識しながら、漫画をクッションの前に置いて部屋を出ました。
食事を終えて戻ると、また消えていました。
冗談かと思い、クローゼットの中やベッドの陰まで確認しました。
隣の部屋にいた弟に聞いても「知らない」と言います。
窓の鍵は掛かっていて、誰かが侵入した形跡もありませんでした。
自分が部屋でガタガタと探し回っていると、物音に気づいた母が来ました。
「何?何か無くしたの?」と聞かれたので、状況を説明しました。
母の前で、試しにクッションをさっきの場所へ移動させました。
そしてドアを閉め、二人で声に出して三十秒数えました。
数え終えてドアを開けると、クッションが消えていました。
母は最初、手品だと思って笑っていました。
しかしクッションが無い現実を見て、母の顔色が変わりました。
母は部屋中を探し、押し入れもクローゼットもひっくり返しました。
それでも出てこないので、母が言いました。
「もう一回だけやってみよう」
母は自分のスリッパを片方、同じ場所に置きました。
さっきと同じようにドアを閉め、三十秒数えました。
そしてドアを開けると、スリッパも消えていました。
二人で声にならない声を上げ、しばらくその場から動けませんでした。
そこへ弟が不思議そうに来ました。
母が残っていたもう片方のスリッパを、同じ場所に置きました。
今度は弟が先にドアを閉めました。
自分と母は気味が悪くて、少し離れて見ていました。
弟がドアを開けると、そのスリッパは消えていませんでした。
その後、何度試しても、もう何も消えませんでした。
けれど自分は、それ以来、あの場所をなんとなく避けるようになりました。
そして消えた漫画とスリッパは、結局一度も戻ってきませんでした。
漫画は借り物だったので、自分で新品を買って返しました。
その時、妙に現実的なレシートだけが手元に残りました。
※
居る
これも同じ頃の話です。
当時の自分は、学校をサボるか遅刻することが多く、行くとしても昼食の少し前ぐらいでした。
その日も、いつものようにその時間帯に登校しました。
昼食の時間、隣のクラスの友人が言いました。
「今日は来るの早かったね」
自分は笑って返しました。
「いや、さっき来たばっかりだよ」
すると友人は、少し不思議そうな顔をしました。
「一時間目の授業中に、廊下を通ってたじゃん」
自分は否定しました。
「それ、別の人と見間違えたんじゃないか」
けれど友人は引きませんでした。
「だって、こっち見て手ぇ振ったじゃん」
その場では、からかわれているのかなと思い、深く気にしませんでした。
※
放課後、帰宅しました。
うちの間取りは、玄関を入ると廊下があり、途中に階段があります。
廊下の突き当たりに和室のドアがあり、その隣にリビングのドアがあります。
リビングと和室は中でつながっていて、視線が抜ける造りでした。
自分は玄関からいつも通り声をかけました。
「ただいまー」
リビングへ向かい、ドアをくぐる瞬間、視界の端に和室が入りました。
和室の方に弟がいるのが見えました。
弟は電気の紐に向かって、靴下を振り回し、ぶつけるような遊び方をしていました。
自分は鞄をリビングに置きながら、弟に声をかけるつもりで和室を見ました。
しかし、弟の姿がありませんでした。
違和感が強すぎて、キッチンにいた母に聞きました。
「今、弟いたよね?」
母は首をかしげました。
「え?降りてきてないと思うけど……わかんない」
弟の部屋は二階で、和室の真上です。
自分は、気づかないうちに弟が下に降りてきて、自分が目を離した隙に戻ったのだろうと思いました。
そう考えないと説明がつかなかったからです。
※
自分は二階へ上がり、弟の部屋のドアを開けました。
すると弟は、さっき見たのとまったく同じことをしていました。
電気の紐に向かって、靴下を振り回してぶつけていたのです。
動きのリズムまで、和室で見た光景と同じでした。
自分は思わず聞きました。
「今、下にいたよね?」
弟は即答しました。
「学校から帰ってきた後、一回も降りてない」
その瞬間、昼間の「廊下を通って手を振った自分」の話が、頭の中で繋がりました。
自分の中で、背中が冷えていく感覚がありました。
※
翌日、自分を見たと言った友人に確認しました。
友人は真面目な顔で言いました。
冗談ではなく、本当に見たのだと。
そして、こちらを見て手を振ったのも確かだと。
自分は、その言い方が妙に具体的だったのを覚えています。
まるで「誰か」を見たというより、「自分」を見たと言い切っているようでした。
※
余談ですが、弟が電気の紐に靴下をぶつけていた理由は、紐に虫がとまっていたからだそうです。
理由が現実的であるほど、あの時見た「和室の弟」が、余計に説明できなくなりました。
そして今でも、自分の中には、確信に近い感覚だけが残っています。
あの日、確かに“居た”のだと思います。