幼稚園の頃、祖父母の住む田舎に行った時、不思議な生物に会いました。
のんびりとした田舎町で、周りに住んでいる人全員が家族のように仲が良い場所なので、両親も心配せずに私を一人で遊びに行かせていました。
ザリガニしか釣れないくらいの浅い川辺に白詰草が咲いていたので、私は一人で母に教えてもらったばかりの花輪を作っていました。
子供だったので周囲も見ずに夢中で手元の花輪に集中していた時、突然横から半透明の腕が伸びて、私の作っていた花輪をむしり取りました。
その生物は薄い緑色の身体で中が半分透けていて、身体の向こう側の景色がぼやけて見えていました。
背丈は当時の私よりも少し大きいくらいだったので、幼稚園の年長か小学1年生ほどの体格だったと思います。
目も鼻も口も無く、ただゆらゆらと揺れる輪郭だけが人間の形をしていました。
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今から考えるとどう見ても人間ではなく、子供の無知の恐ろしさを痛感しますが、当時の私は恐がりもせずにその緑色の生物に話し掛けました。
何を言っても返事は無いけれど、私は気にせずに一方的に話し掛け、沢山花輪を作ってはその生物に渡して行きました。
花輪作りに飽きた私が川に手を浸したり、川底にある綺麗な石を探したりして遊び始めると、その生物は川の中に足を入れ、両足をバタバタと動かして水しぶきを作りました。
半透明の足の動きと水しぶきがとても綺麗で、私は何度もねだり、その行為を繰り返してもらいました。
その生物に触れた感触は、水風船を触る感触に似ていたと思います。
ブニブニと柔らかく、触れた手は水を触っているようなのに、濡れない感覚です。
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その後、お腹が空いたので私は祖父母の家に帰りました。
そして友達が出来たことを伝えましたが、両親も兄も信じてはくれませんでした。
「子供の空想話」
「この辺りには子供は居ない。ましてや緑色の人間なんて」
と笑われ、信じてもらえないことにショックを受けたのを覚えています。
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それから5日間ほど祖父母の家に滞在しましたが、その間は毎日、その緑色の生物と遊んでいました。
次の日に帰るということを緑色の生物に伝えた時、私は寂しくて大泣きしました。
帰りたくないと何度も私が言うと、その人は私の腕を掴み、川の向こう側にある林に引っ張って行きました。
父と虫採りに来たことがある林で、それほど大きな面積ではなかったはずなのに、その時は歩いても歩いても林を抜ける気配はありませんでした。
疲れてしまったし、段々と引っ張る腕が恐くなってきたので私が泣くと、その生物は手を離してくれました。
声を聞いた覚えは無いのですが、当時はその生物が「ごめんね」と謝ったような気がしました。
一番不思議なのは、その時に彼(何となく男の人だと思っていました)と一緒に遠くへ行こうかな…と自分が思ったことです。
もう二度と父や母や兄に会えなくなるけど、いいや、と一瞬思いました。
何故遠くに行くのだと解ったのか、もう二度と家族に会えなくなるということが解ったのか不思議ですが、確かにその時、私はそう思いました。
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その場所で座って少し休憩した後、今度は手を繋いで林を歩き始めました。
てっきり彼の住む「遠く」へ行くのだと思っていたのですが、林を抜けたらすぐ目の前に祖父母の家がありました。
家は林や川に近い場所にある訳ではなく、林を抜けてすぐに家があるなんてことは有り得ませんでした。
庭で祖母と母が洗濯物を干していて、すぐに私に気が付き近寄って来ました。
手を繋いでいたのに、いつの間にか彼は居なくなっていました。
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次の日に家族で車で家へ帰る途中、少し遠回りをして川辺の傍を走ってもらいましたが、彼は居ませんでした。
後から話を聞くと、私は一人で川辺で遊んでおり、近所の畑にいる農家の人が川辺を通る度に見ていたので、両親は心配していなかったそうです。
家に帰ってすぐにお絵描き帳にその時の絵を描き、両親も覚えているので夢ではなかったと思います。
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祖父は数年前に亡くなり、祖母も先日他界しました。
家は売ってしまうそうです。
祖父母の荷物の整理のためその家に暫く泊まり、何度も川辺に行きましたが、もう彼には会えませんでした。
幼稚園の時以来、何度も何度も祖父母の家に帰省する度に川辺へ行ったのですが、彼は居ませんでした。
ただ、荷物を整理している時に父が教えてくれたのですが、祖父母は私の話を信じていてくれたそうです。
「○○ちゃんは河童に会ったんだよ」
と言っていたそうです。
よく絵で見る、頭にお皿を乗せた河童ではなかったし、水かきも甲羅も無かったけれど、何となく今は『ああ、私河童に会ったのかなぁ』と思っています。