俺が生まれる前に親父が体験した話。
親父がまだ若かった頃、家では犬を飼っていた。
散歩は親父の仕事で、毎日決まった時間に決まったルートを通っていたそうだ。
犬は決まって親父の左側を歩き、決して右側を歩く事はしなかったそうだ。
これは親父が躾けた訳じゃなく、いつの間にかそうなっていたらしい。
犬の左側に回り込んで犬が右側に来るようにしてみたらしいが、何故か左側に戻って来る。
それが可愛くて、犬はそれ以降ずっと親父の左側を歩いていた。
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ところがある日、犬が右側に来た。
驚いたし違和感もあったので、何度か左側に来るようにしてみたが、やはり右側へ。
不思議に思ったけど散歩に出掛け、最初の路地を右へ曲がろうとした時、右から来た車に犬が撥ねられ即死。
親父は咄嗟に、俺の身代りになるために右側に来たのだと思ったそうだ。
口から血を流して死んでいる犬を、世間の目も憚らず、抱きかかえながら号泣したそうだ。
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子供の頃に聞いた話だが、聞いた時は大泣きした覚えがある。
それ以降、我が家に犬が居なかった事は一度も無い。
何か守られていると言うか、優しくなれると言うか…。動物は不思議だよな。