学生時代、週末に一人でキャンプを楽しむことがありました。
金曜日から日曜日にかけて、山や野原で寝泊まりするだけの単純なキャンプです。友達のいない私は、寂しさを自然の中に紛れ込ませて過ごしていました。
その日は岐阜方面へ向かっていましたが、地図も持たず、どこへ行くのかもはっきりしないまま野営に適した山を見つけて一泊することにしました。
※
夕食を済ませ、ヤングジャンプを読みながら夜中を過ごしていたところ、突然テントのチャックが開きました。
「何だ、管理人か?それとも通報されたのか?」と、驚いて立ち上がると、そこに立っていたのは普通のお爺さんでした。
彼は中を覗き込んで、
「もし、旅かな?」
と聞きました。
私は驚きと恐怖で返事もできず、頭だけコクコクと頷きました。その後、お爺さんは静かに去って行きました。
山奥の民家まで1キロメートルも離れた場所に人がいるとは思ってもいませんでした。最初は幽霊かと思いましたが、どう見ても人間でした。
むしろ変質者や泥棒のように感じ、寝ることもできずにいました。「どうしよう…」と悩んでいると、再びチャックが開き、中年のおっさんが入ってきました。
彼もまた、
「もし、旅かな?」
と聞いてきました。頷くと、またどこかへ去って行きました。
この状況に不安を感じ、「ここは危険だ」と思い、テントを撤収する決意をしました。しかし、外は月明かりもない暗闇で、変質者が二人もうろついているのです。
「包丁で刺されるかもしれない…」と恐怖にかられながらも、30分ほど悩んだ末にテントを出ることにしました。護身用にマグライトを手に持ち、恐る恐る外に出ると誰もいませんでした。
「今のうちに」と猛スピードでテントの片付けを始めました。その時、二人が再び近づいて来たのです。
心臓がバクバクしながらテントを片付けていると、
「帰るのかい?まだ夜なのに」
と声を掛けられました。
「ええ、まあ、急用を思い出しまして」と答えつつも、荷物をバイクに括り付け、ライトを向けた時、光が何か変だと気づきました。途中で途切れているのです。
「何だこれ」と後ろを見た瞬間、全長4メートルくらいの黒い衣を纏った存在が、屈んでおっさんと爺さんを動かしているのが見えました。その顔の垂れみたいなものの奥に、光る目があり、口をモゴモゴさせて喋っていました。
恐怖で短い命だと思いながらも、バイクに飛び乗り、その場を逃げました。麓の神社に辿り着き、迷惑にならない場所にテントを張って一夜を過ごしました。
※
翌朝、騒がしい音で目を覚ました。ちょうどテントのチャックが開くところを見てしまい、追いかけられているのかと絶望的な気分になりましたが、そこにいたのは神主さんでした。
「ここにテントを張るな」と怒鳴っていました。
私は、かくかくしかじかと事情を説明しました。
「それはあそこの山の神様だから、どうにもできないよ。良かったね、神様に会えて。僕は見たことないけど、たまに見たっていう人もいるんだよね」と言われました。その口調には何とも言えないイラッとするものがありました。
「害はないらしいから、そのまま帰ってきた」と神主さんは言いました。
害がないとかいう問題ではありません。あんなものを野放しにするのは許せません。あの神様の存在は、どう考えても異常です。