俺がまだ小学低学年の頃に体験した話。
俺の家は当時、夏になると田舎に帰っていたんだよね。
そんな時に必ず泊まる小さな民宿があるんだ。
各部屋の入り口はドアではなく襖で、宿の玄関もすりガラスの引き戸。
経営しているのもお爺さんとお婆さんという、完全に昔ながらの民宿という感じの所でさ。
昔からずっと来ているから、ここに来ると親は必ず宿の人に挨拶と世間話をする。
俺はその時、暇だからと民宿の中を探検し始めたのね。
俺は二階の部屋から順々に見て回り、残す所は1階の突き当たりにある部屋だけになった。
『ここで最後か…』と少し残念に思いながら襖を開けると、何と中には白無垢の花嫁さんが居た。
俺は中に誰か居るなんて全く思っていなかったので、軽くパニックになり泣きそうになりながら、
「あぅあぅあぁ、ごご、ごべんなざいぃ…」
という感じのこと言っていたと思う(笑)。
すると向こうの方を見ていた花嫁さんがこちらに向き直り、にっこり微笑んでさ。
家族が居る方向を指差して、
「あんまり離れてると心配されちゃうよ?」「早くお母さんの所へ戻ってあげなさい」
というようなことを言われたと思う。
この時の花嫁さんの笑顔が凄く綺麗でさ、それが強く印象に残っている。
『気まずい、恥ずかしい、怒られる』とすくみ上がっていた俺は、また小さな声で謝ると、その方向へ走って戻った。
それで民宿の人と話している家族の所に着き、母さんに
「綺麗な花嫁さんが居た!」
と言うと、民宿の人は訝しげに
「まだ○○さん以外にはいらっしゃっていないんですけどねぇ」
と言うので、俺はまた軽くパニック(笑)。
つまり、そんな花嫁さんは存在しなかった。
※
後で聞いた話によると、その部屋は何十年も使われていない、いわゆる開かずの間だったらしい。
結局その後、何かあった訳でもないし、それにまつわる話などを聞けた訳でもない。
ただ『あの花嫁さんはもう成仏したのかな』とか『結婚できなかったからまだあそこにいたのかな』などと、今でも少しだけ思いを馳せる。