数十年前、曾爺さんから聞いた大正末期の頃の話。
私の故郷の村には生贄様という風習があった。
生贄様というのは神様に捧げられる神様の事で、家畜の中から選ばれる。
月曜日の夜に産まれた家畜の中で、小さな青色の瞳をした家畜が生贄様。生贄様は人の言葉を喋る。
その殆どはデタラメな言葉だけど、たまに「見先言葉(みさきのことのは)」と呼ばれる予言めいた言葉を喋ったりもするが、生贄様の先見言葉を聞いてしまったら、それは必ず忘れなければ災いが訪れるという言い伝えがある。
生贄様は50年に一度産まれて来る。
そして産まれてから7ヶ月後に生贄として捧げられるのだ。
捧げる方法は、神社の御神体である鏡を床に置き、その上から生贄様を落とす。
鏡に落とすと「ポチャン」という音と共に、生贄様はこの世から跡形も無く消える。
この儀式は、神主と生贄様の産まれた家の者だけで行われる掟で、そこに居る全員が神社の地下にある密室で目隠しをして儀式を行う。
生贄様を落とした鏡は8日間は絶体に見てはならないと言われ、儀式の直後に神主が袋に入れると鍵付きの木箱の中に封印され、更にその木箱は江戸時代の古い大きな金庫の中に厳重に保管される。
尚、過去に好奇心から鏡を覗いたヤンチャな神主が一人居たそうで、彼は禁忌とされた生贄様の言葉を手帳に記録し始めたかと思うと、7ヶ月間ずっと生贄様を質問攻めにし続けたそうで、ヤバイと思って止めようとした氏子さん達の忠告も無視して、かなり険悪な状態になってたらしい。
その儀式の日が来ても案の定鏡を覗いてしまったらしく、鏡を見たその日に奇声を発しながら神社を飛び出して行き、行方不明になってしまったそうだ。
それから家族が葬式の準備を始めた数ヶ月後、どこで調達したのか、何と鎧武者の格好をして村に戻って来た。
そして意味不明な言葉を村人に対して喋り出した。
神社に戻って家中を漁り出したかと思うと、食料庫の中の物全部をその場で食べ始めて、「何かこれは旨いぞ!」という様な顔をして、例の外国語みたいな意味不明な言葉を口走った。
食べ終わるとそのままその場で朝まで眠ってしまったらしい。
目が覚めると神主は元に戻っており、村人や家族が聞いても今まで何をしていたのか覚えていないと言った。
それから数日後に村の近所の古墳が盗掘されていると騒ぎになった。
神主はもしやと思い警察に出頭し事情を話したらしい。
調べてみると、何と鎧兜に刀剣類一式は古墳から持ち出された遺物らしかった。
これを聞いた村の老人達は口々に○○様(この地方の風土記とか伝説に出て来る英雄)が乗り憑ったのだろうと噂したそうだ。
その後、神主さんは神社を追い出されてから、なんと当時の帝大を大検で受験して合格し、結構有名な郷士になったとか…。