怖くはないけど、お盆が来る度に思い出す不思議な話。
今から10年程前、長男が4才の時の夏。
俺達家族は例年通り、俺の実家に帰省していた。
父は10年以上前に事故で亡くなっていて、実家には祖母(父の母)と母の二人。
長男も4才になり、おもちゃなどがあれば一人で遊ぶ事が出来るようになっていた。
実家は古い家屋で、部屋数も多い。
長男は持参したおもちゃを持って、空き部屋で遊んでいる。
しかし様子が変だ。誰かに話し掛けるような言動や、突然笑い出す事を繰り返していた。
夕食の時に妻が、
「何して遊んでたの?」
と聞くと、長男は
「じいちゃんと遊んでた」
と答える。
何か変だと思い、
「じいちゃんって誰?」
と聞き直すと、長男は仏間へ行き、父の遺影を指差した。
俺も母も妻もポカーン。
祖母がニコニコしながら、
「お盆だから○○(父)が帰って来てるんだね」
と言っていた。
※
翌日も、一日中という訳ではないが、長男が一人になるとまた誰かと遊んでいる。
それは部屋だったり庭だったり、何か話していたり、格闘の真似事をしていたり。
俺達が近付くと、長男は我に返ったように大人しくなる。
祖母以外は、不気味というより不思議な気分になっていた。
※
そんな事があって、自宅へ戻るのを翌日に控えた、四日目の夕食の時。
長男が突然、母に向かってこう言った。
「長崎が良かったって」
俺と妻は訳が解らない表情。
母を見ると、みるみる表情が変わって行く。
そしてボロボロと大粒の涙を流し、泣き始めた。
「じいちゃんがそう言ったの?」
母が尋ねると長男はコクリと頷き、テレビに視線を戻した。
母は30分近く泣き続け、意味の解らない事情を話し始めた。
※
父と母は大の旅行好きで、小さい頃は家族でよく旅行に出掛けた。
俺をはじめ子供達が大きくなり、部活などで忙しくなっても、夫婦二人でよく旅行に行っていた。
質素な生活の中で、そんなちょっとした旅行が両親の趣味だった。
父が亡くなる前の晩、母は父に何気なく尋ねたそうだ。
「今まで行った所で、どこが一番楽しかった?」
父は、
「色々行ったし、どこも楽しかったからなあ」
と明確に答えなかったらしい。
そして翌日の夕方、事故で亡くなった。
※
父はずっと保留していた返事を、初孫である長男に伝言を頼んだのだろうか。
母は、
「どうして私に直接言ってくれないんだろうねぇ」
と泣き笑いだった。
祖母はニコニコしているだけだった。
しかし父が出て来たのはその時だけで、見たのは長男だけ。
後日、長男に父の事を聞いてもいまいち要領を得ないし、中学生となった今では、その時の事は全く覚えていない。
それから毎年お盆の時期には、俺達夫婦をはじめ俺の弟達も帰省して、みんなで両親のアルバムを見るのが恒例となった。
※
長崎のどこが楽しかったのかと母に聞いた事がある。
母は、
「秘密」
とニコニコして答えるだけだ。
新婚旅行で訪れた長崎で、どんな思い出があったのだろうか。
今年もお盆が近付いて来た。