小学生の時、先生が話してくれた不思議な体験。
先生は大学時代、陸上の長距離選手だった。
東北から上京し下宿生活を送っていたのだが、大学のグラウンドと下宿が離れていたため、町中で自分なりのトレーニングコースを決めて走っていたそうだ。
※
ある日、いつものコースを走っていると、通り掛かった公園の側の公衆電話が鳴っている。
(公衆電話にも電話番号はあるそうだが、番号は公表されていないし、田舎から出て来た先生は公衆電話が鳴っているのを見たのは初めてで、かなりぎょっとしたそうだ)
『この近くの人宛の連絡にでも使われてるのか?』と思い、足を止めて鳴っている電話を眺めていたが、誰かが近付いて来る様子も無い。
暫く鳴らして相手が出なければ切るのが普通だと思うが、誰も出ないのに電話は鳴り続けている。
先生は少し気味悪くなったと同時に、誰が掛けているのか、どうして公衆電話の番号を知っているのかを疑問に思えて来た。
そしてこんなに長く鳴らしっ放しにしているということは、何か大事な用件があって、そしてもしかしたら番号を間違ってしまって困っているのではないか……。
色々な好奇心が持ち上がって来た。
そして迷った末、好奇心に負け、取り敢えず受話器を取って
「もしもし?」
と言ってみた。
「はい。どちら様でしょうか?」
中年を少し越えたくらいの女性が不審そうな声で応えた。
『掛けて来ておいて、どちら様もないもんだ……』と思い、そちらこそ、どちらにお掛けですかと言い返そうとしたところで、
「あんた!T男なの?」
という女性のびっくりした声が聞こえた。
T男は先生の名前。驚いている電話の相手は、自分の母親だった。
先生はもう訳が解らず、しどろもどろ。
相手(先生のお母さん)は口早に、
「とにかくすぐ実家に戻って来なさい。ついさっき、お父さんが倒れた。
医者の話では命に別状は無いそうだけれど、あんたに会いたがっているから」
という内容のことをまくし立て、
「じゃ、すぐ来なさいよ!」
と念を押すと電話を切ってしまった。
※
先生は慌てて下宿に戻り、その日の内に急な里帰りをすることになった先生だが、やはりもやもやしていたので、お父さんのお見舞いの後でお母さんに聞いてみた。
「母さん、あの電話だけどさ……」
「ああ!びっくりしたわよ。お父さん倒れたのが急だったから、もうバタバタしちゃって。
連絡しようにもあんたのとこ電話ないしさ、どうしようかと思ってたの。
しかし、よくまあ凄いタイミングで掛けてきたものね~。
付き添いで病院に行って、帰って来たらちょうど鳴ってるじゃない。こういうのが虫の知らせって奴かしらね~」
しきりに感心して喋りまくるお母さんを前に、鳴り続けていた公衆電話に興味半分で出ただけ……とは言い出せなくなってしまった。