子供の頃、家族で山に行ったことがある。
山に着いたのはまだ朝方で、霧が辺りを覆っていた。
僕は親の言い付けを守らず、一人で山中に歩き入り、当然のように迷子になってしまった。
※
何時間、歩き迷っただろうか。
太陽は既に頭の上にあり、お昼を食べ逃した僕は、半ベソをかきながら座り込んだ。
ふと気付いたら、泣いている僕の傍らに人が近付いて来た。
両親かと期待したのだが、全くの別人だった。
奇妙な姿をしていた。毛皮らしい服と、麦藁で編んだ帽子を身に付けている。
そして恐ろしく背が高い。僕の父より頭二つは確実に大きかったと思う。
話し掛けて来た。ひどく訛っていて、よく解らない。
辛うじて「迷子か?」という言葉だけ聞き取れた。
頷くと、暫く迷った後、僕を連れ歩き出した。
※
何故かすぐに見覚えのある場所に出た。
親の声も聞こえる。いつの間にか、また一人になっていた。
親はすぐに僕を見つけてくれた。
※
僕は何故かこの体験を忘れてしまっていた。
つい最近、久しぶりにこの山へ行き、そこで思い出したのだ。
家に帰って親に尋ねてみた。両親は僕と違って憶えていた。
「いきなり目の前の茂みから、お前が出て来たんだ。
『どこへ行ってた』と聞くと、お前は変なことを言ってたぞ」
親はそこで奇妙な顔になって続けた。
「『背の高い、一つ目のおじちゃんに連れて帰ってもらった』
お前、そう言ってたんだ」
全然憶えていない。僕は自分を助けてくれた人の顔を思い出せないのだ。
本当に一つ目だったのだろうか…。
※
あれから何度かあの山を彷徨いたが、誰に出会うことも無かった。
せめてお礼をと思い、僕が見つかった場所にお酒を置いて来ただけだ。
取り留めもないですが、僕の奇妙な経験です。