知り合いが体験した話。
彼女は幼い娘さんを連れて、よく山菜採りに出掛けているのだという。
※
その日も彼女は、二人で近場の山に入っていた。
なかなかの収穫を上げ、下山している途中でのこと。
いきなり娘が足を止めた。前方、麓の方をじっと凝視している。
「どうしたの?」
と聞くと、
「あのおじちゃん、変!」
と言う。
山道の前方を見やると、確かに小さな人影がこちらに向かって来ていた。
上下とも黒い服を着ていて、白い軍手がまるでそこだけ浮いて見える。
見たところ、蜂除け用の網が付いた麦藁帽子を被っているらしい。
背中には大きな竹篭を背負っているようだ。
しばしば、そこいら辺りで見かける農夫の姿と大差が無かった。
「何が変なの。失礼なこと言っちゃダメ」
彼女がそう諭すと、娘は強情な顔をして首を横に振り、奇妙なことを言う。
「だってあのおじちゃん、さっきまで頭が無かったんだよ。
私たちを見て、慌てて背中から頭を出して、身体に載せてたんだもん」
さては篭から麦藁帽子を出した動作を、そのように見たのだな。
そう考えた彼女は、苦笑して娘の頭を撫でた。
「とにかく、失礼なこと言っちゃダメですよ」
と釘を刺した。
※
暫くして、その人影と擦れ違った。
母子は快活に挨拶したが、相手は軽く会釈しただけだった。
目を合わせたくないかのように、俯いたまま無口で横を抜けて行く。
えらく無愛想な人だなと思い、彼女は相手の顔をじろりと見た。
次の瞬間、ひどい違和感を感じた。何だ?
すぐにその理由に気が付き、全身が凍り付いた。
網の奥、麦藁帽子の下の顔。
そこにあったのは、マネキンの頭部だった。
足を止めるのも恐ろしく、娘の手を引いたまま下り坂を歩き続ける。
背後の足音が小さくなって行くのが、無性に有難かった。
※
やっと麓に着いて振り返ると、既にさっきの男は影も形も見えない。
腰が抜けてへたり込むと、彼女に向かって娘が言う。
「ほらね。言ったとおりだったでしょ!」
娘は鼻を膨らませ、誇らしげに胸をそらしている。
どうだと言わんばかりのその姿に、彼女の恐怖心も霧散してしまい、思わず苦笑してしまったのだそうだ。
それ以来、彼女は娘と二人きりで山に入らないよう注意しているという。