今朝、鏡を見ていたらふと思い出した事があったので、ここに書きます。
十年くらい前、母と当時中学生くらいだった私の二人でアルバムを見ていた事がありました。
暫くは私のアルバムを見ていたのですが、気に入らない写真はすぐ処分してしまう私のアルバムはすぐ見終わってしまいました。
そこで母が兄の部屋にあったアルバムを持って来ました。
主に私の生まれる前に住んでいた家の写真ばかりだし、私以外の家族は写真を大切にする人達なので、アルバムは殆ど埋まってます。
歳が十以上離れた兄や姉が幼かった頃の写真や、若い母の写真を初めて見る私は、結構夢中でアルバムを見てました。
その中の写真の一枚に、誰も入ってなくて、ただ部屋だけを写したものがありました。
特に何か目に付くもののない、普通の日に普通に部屋を写しただけのような写真でしたが、私の記憶にはない『我が家』の写真は、私にとっては新鮮でした。
よく見るとその部屋の棚は一部がガラス張りになっていて、貴婦人のようなドレスを着た女性の肖像画が入っていました。
私「へぇ、こんなのうちにあったんだ?」
母「え? なぁに?」
私「この肖像画」
母「は? 何の事?」
私「だから、この飾り棚に入ってる綺麗なドレス来た女の人の絵だってば」
なかなか要領を得ない母に、写真の飾り棚を指差すと、母は無言で暫くその写真を見てから言いました。
母「そんな絵うちにはないよ」
私「えー……、だってここに写ってるじゃん」
もう一度写真を見ると確かに写ってるので、こう言ったんですが、母はうんざりしたようにアルバムを閉じます。
母「悪いけどこの写真にそんなの写ってないし、この部屋に飾り棚もなかったよ?」
そう言って母は煙草を吸いに台所に行ってしまったので、アルバムにも興醒めした私はそのまま居間でTVを観ていました。
※
やがて姉が帰って来ると、台所から姉の「アハ、……え? 本当?」という声が聞こえました。
どうやら例の写真の話をしたようで、姉はそのまま居間に来てアルバムを開きました。
暫くアルバムを凝視していた彼女ですが、少し気の抜けたような笑みを浮かべて私に声をかけてきました。
姉「ね、これに女の人写ってたって本当?」
私「女の人の絵」
姉「絵? どんな人?」
私「ドレス着た人」
姉「もしかして髪にパーマかかってた?」
私「そうそう、やっぱりちゃんと写ってるよね」
姉「否…………。髪の長さは?」
私「セミロングくらいかな、そんなに長くはない」
姉「あぁ、誰もいない部屋だもんね。棚に絵が入ってると思うよね」
私「ん? 何どういう事?」
姉「これね、飾り棚じゃなくて箪笥だよ」
姉の話だと私がガラス張りの飾り棚だと思っていたものは、鏡の付いてる箪笥だったのだそうです。
そして、そこは姉が昔寝ていた部屋だったと言うのですが、姉はこの箪笥にまつわる妙な体験をしたそうです。
姉がまだ二歳か三歳くらいの頃、その鏡にドレスを来た血まみれの女性が写ってるのを見たそうです。
姉は「夢だったんじゃないかと思うんだけど」と言っていましたが、その時一緒に寝ていた母は、姉が泣き叫びながら部屋を駆け回ってて目が覚めたと言います。
その箪笥の入手方法は詳しく聞かなかったのですが、母の口ぶりからどうやら中古だったようです。
結局、母にも姉にもその写真に女の人が写っていたようには見えなかったとのことです。
姉からアルバムを受け取り、私は釈然としないながらも、再びその写真を確認しました。
そして見た瞬間、二人の言い分が正しい事に気付いて、黙ってアルバムを閉じました。
まあ、そもそもその写真が撮られた時に影も形もない私が間違っているに決まっているのですが、その箪笥の鏡に写っているものが先程と違っていたのです。
否、写っているのは相変わらず女の人なのですが、先程は全身(だから絵だと思ったのです)だったのが、今度は左側のみのバストアップ、絵ではない事は明らかでした。
変な写真を見つけた場合、それが余りに気味が悪い時は塩かけて焼いてしまうのですが、その写真に女の人が写って見えるのは私だけのようでしたし、元々兄の物なので、兄には誰も何も言わずにアルバムを兄の部屋に戻しておきました。
後日、母に写真が変わっていた事を言ったら、母は冗談っぽくこんなリアクションを撮りました。
母「それって何だかどんどん近寄ってきてるみたい。次見る時は顔のアップになってたりしてね。あ、でもお姉ちゃんにはこんな事言っちゃ駄目よ、あの子ビビりだから」
姉ほどビビりじゃない私でも、写真そのものや姉の昔話よりもその言葉の方が余程不気味で、二度とそのアルバムは見ませんでした。
まあ、急にこんな事を思い出したのは、鏡を見て『なんだか自分の顔、あの写真の人に似て来たなぁ』と思ったのがきっかけなんで、発想の悪趣味さはしっかり遺伝しているようですが。