二、三年前、私が建設業の見習いだった時の体験です。その年の夏は特に暑く、その日は忙しさのあまり、休憩も取らずに作業に没頭していました。私たちは、ビルの改修作業を行っており、上司からの指示に追われながら、一つずつ仕事をこなしていました。
昼過ぎ、材料不足で作業が一時中断しました。上司が「ちょっと車に探しに行ってくる」と言い残し、私は一人廊下で休むことにしました。しかし、ふと周りを見渡すと、ビル内の静けさに気がつきました。いつもなら見られるサラリーマンやOLの姿が無く、機能音もすべて止まっているかのようでした。不気味な静寂が広がっていました。
不安に駆られ、私は廊下の突き当たりにある狭い窓から外を見下ろしました。私が3階にいたそのビルを除いて、街はまるで何もない空間になっていました。そして、その空間の中に、おっさんが一人立っているのが見えました。彼は私をじっと見ているようでした。
驚き、窓を開け何か言おうとしたその瞬間、おっさんは大声で「どこから来た!?」と叫びました。その声は、私に答えを求めていないようでした。私が呆然としていると、彼は続けて「戻りたいならじぶ」と言いましたが、その後の言葉は聞き取れませんでした。
次の瞬間、私は廊下に膝をついていました。私の目の前には書類やファイルの山があり、女性の脚が見えました。世界は元に戻り、周囲には再び人々の声や音が満ちていました。OLさんがファイルを落として驚いているようで、私は彼女の手伝いをしながら、先ほどの出来事が夢だったのか現実だったのか、考え込んでしまいました。
家に帰るまで、私は「戻りたいならじぶ」というおっさんの言葉を何度も反芻しました。自分で何とかするしかないのか、という意味だったのでしょうか。その体験以降、私は携帯電話を携帯していましたが、同じような体験は二度とありませんでした。今もなお、その日の出来事は私の心に深く刻まれています。