子どもの頃、いつも知らない人が私を見ていた。
その人はヘルメットを被っていて、襟足には布がひらひらしており、緑色の作業服のような格好。足には包帯が巻かれていた。
小学生になってから解ったが、まさに兵隊の格好だった。
その兵隊さんは私が一人で遊んでいる時だけでなく、校庭で遊んでいる時や、母とスーパーに買い物へ行った時など、どんな時でも現れた。
少し離れた場所に立ち、私を見つめている。
自分以外には見えていないし、いつもいつの間にか消えている。
私も少しは怖がっても良さそうなものだが、何せ物心ついた時から傍に居るし、何よりその人から恐怖心を感じるようなことは全く無かった。
きりっとしているのにどこか優し気で、古き良き日本人の顔という感じだった。
※
やがて中学生になった。ある日、いつもと違うことが起きた。
テストを控えた寒い日、私は夜遅くに台所でミロを作っていた。
ふと人の気配がしたので横を見ると、兵隊さんが居た。
けれどその日は手を伸ばせば触れるくらい傍に居た。
半分寝ぼけていた私が思ったことは、『意外と背低いんだな』くらいだった。
その時、
―それは何でしょうか?
体の中に声が響いたような感じだった。
兵隊さんを見ると、まじまじとミロの入った鍋を見ている。
『ミロって言ってもわかんないよね…』と思った私は「半分こしよう」と言って、ミロを半分に分け、カップを兵隊さんに渡した。
―失礼します。
そう声が響いて、兵隊さんは両手にカップを持ち、口でふうふうしながらゆっくり飲んでいた。
その時の兵隊さんの顔は柔らかく、凄く嬉しそうだった。
兵隊さんが飲み終わると、また声が響いた。
―こんなに美味いものがあるんですね。
『少なくて悪いかな』と思った私は「おかわりする?」と聞いたが、兵隊さんはカップを私に手渡し、敬礼してふっと消えてしまった。
※
あくる日、一人で家に居る時にクッキーを作っていた。
焼き上がったので冷まそうとお皿に並べていたら、人の気配がしたので窓の方を見ると、庭先に兵隊さんが居た。
私はおいでよと手招きをしたが、兵隊さんはにこっとして首を横に振った。
『あれ?』と思っていたら、兵隊さんは敬礼し、ふわっと消えた。
ヘルメットから出ている布がふわりとしたことを覚えている。
※
それきり、兵隊さんは私の前には現れなくなった。今でも兵隊さんのことを思い出す。
美味しいものを食べた時や料理が美味しく出来た時、『兵隊さん、どこかで美味しいもの味わえているかなあ…』と。