小学校の頃、自分は飼育委員をしていた。
学校には鶏とウサギと亀がいて、それらの餌やりや小屋の掃除、死体の始末をするのが仕事だった。
繁殖期になるとウサギは沢山子供を産み、九割くらいは死んだ。
それを腐る前に、スコップや割り箸で小屋から出して埋めていた。
餌やりや掃除は先生の見張りがあるのでみんなちゃんとやるのだけど、死体の始末はなぜか殆ど自分がやっていた。
子ウサギの目に集るアリなどを見たら、そりゃ誰も触りたくないだろうと思う。
※
繁殖期も過ぎたある日、クラスの女の子の様子がおかしくなった。
その子とはそんなに仲が良い訳ではなかったので、人集りができてから様子がおかしいことに気付いた。
人の肩越しに覗き込んで、驚いた。
人集りの真ん中にいたのは、でっかいウサギだった。
と思ったら、ウサギはいなくなっていて、ウサギがいた場所に女の子が蹲っていた。
次の授業は体育の時間で、着替えなくちゃいけなかったんだけど、声を掛けても反応しない。
「おなか痛いの?」とか心配されていたけど、体調不良じゃないんだろうな…と思った。
先生が来て、その子は保健室に連れて行かれた。
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放課後、ウサギを埋めていた場所を調べてみた。
墓は掘り返されていて、「ウサギのお墓」と書いた板や握りこぶし大の墓石、墓の目印の枝、供え物としておいた枯れたクローバーとシロツメクサの花がばらばらに散らばっていた。
たまに野犬が入ってくるので、それの仕業かと思ったが、掘り返された穴の側面は平らだった。
多分小型のスコップを使ったりしないと、こういう風にはならないと思った。
折しもクラスでは「こっくりさん」が流行っていた。やったことは無かったが。
その頃から自分はオカルト好きで、こっくりさんの正体が狐や狸といった動物霊だと言われていることは知っていた。
何か関係あんのかな…と墓を直しながら考えていると、女の子が二人歩いてきた。
同じクラスの、体育の時間の前に様子がおかしくなった子と仲の良い子達だった。
ウサギの墓は人の来ないところに作っていたから(踏まれたらかわいそうだと思って)、何となく予想はついた。
その二人を仮に永田さんと関原さんとする。
永田「なにしてんのっ!?」
自分「ウサギのお墓なおしてる」
永田「なんでっ!?」
自分「お墓、掘り返したん、永田さん?」
永田「関係ないやんそんなん!」
関原「うん、そう」
永田「せっちゃん!?」
関原「お墓の前で嘘ついたらあかんと思う」
永田さんは「そんなこと言ったって」とか「こいつ関係ない」とか言っていたけど、関原さんがじっと黙っているので静かになった。
永田さんの足元には何匹か子ウサギがいた。
瞬きする度にあちこち移動しているので、幽霊みたいなものだと解った。
丸まっていて可愛かったけど、何となく戸惑っているようだった。寝ているところを起されたような。
自分「こっくりさんで使ったん?」
永田「うるさいわ!あんたには関係ないっ!」
関原「うん。こっくりさん、紙に鳥居さん描くやろ? あそこに骨置いてやってん」
自分「ふうん。うまくいったん?」
関原「きてくれたけど、帰ってくれへんかった。おかえりくださいって言ったけど、いいえって」
自分「どうやって終ったん?」
関原「そのまま。いいえってなってたけど、みかちゃんピアノがあるって言って、(十円玉から)指はなしちゃった」
みかちゃんとは、その日様子がおかしくなった子のことだ。
自分「永田さん、なんでそんなことしたん?」
永田「あたしのせいなん!?」
自分「なにが」
永田「みかちゃんおかしくなったん! せっちゃんはあたしがもってきた骨が悪いって!」
自分「そうなん?」
関原「なんか、みかちゃん、ウサギに見えたから……」
永田「意味わからへんっ!」
自分「ああ……あれ関原さんにも見えてたんや。濃い灰色の」
関原「うん、それ。ほかにも見た人いたで。うち一人やったら、見間違いかなって思うけど……」
永田さん涙目。
関原「どうしたらいいんかな」
自分「とりあえず骨返してもらえへん? なんかかわいそうやし」
関原「うん。なっちゃん」
永田さんは半泣きでランドセルからスーパーのビニール袋を取り出した。
そこにはウサギのものらしき頭蓋骨が入っていた。
自分「たぶん、板の下を掘ったからこんなきれいな骨なんやろうけど(板の下のが一番古かった)、新しいお墓掘ってたら虫とかいっぱい出てきたと思うで。もうやめときや」
関原「虫出て来ぃひんくても、お墓は掘ったらあかんやろ」
自分「それはそうやけど」
そうでも言わないと永田さん言うこと聞きそうになかったし…。
ともかく骨を受け取り、戻して土を被せた。
関原「○○(自分)さん、ごめんな」
永田「ごめんなさい」
自分「うちは別に……。ウサギに謝った方がいいんちゃうかな」
三人で手を合わせた。永田さんは泣いていた。
自分が立ち上がると、二人ともそれに倣った。関原さんは不安そうな顔をしていた。
関原「みかちゃん、大丈夫かな」
自分「大丈夫やといいなあ」
関原「ウサギ、こんで帰ってくれるかな。お線香とかあげたほうがいい?」
自分「したいならやったほうがいいんちゃう?」
関原「なっちゃん家近いし、家からお線香とってきてくれへん?」
永田「わかった……」
自分「うち、花摘んでくるわ」
関原「じゃあうち、お水汲んでくる」
永田さんは校門の方へ、関原さんは歯磨き用のコップを給食袋から取り出すと、校舎の方へ走って行った。
永田さんの周りにいた子ウサギは、何匹か彼女に付いて行き、何匹かはいつの間にか消えていた。
自分は体育館裏に行き、ねじれ草や露草を集めた。
※
墓のところに戻って来ると、関原さんは水を備えていた。
自分「関原さん。あのな、永田さんの足元……」
関原「うん、あれでうち、あの骨がウサギのやったんやってわかってん。なっちゃんは狐の骨っていってたけど」
永田さんが子ウサギを連れて戻って来た。本人に連れている自覚は無いみたいだったが。
関原さんは永田さんからライターと線香を受け取り、火を点けた。
振って火を消すと、煙が上がる。
関原さんは永田さんに淡々と説明した。
墓石がウサギを返す場所に繋がっている扉であること。
水は、それを霊に分かるように示し、入りやすくしている役割であること。
線香の煙は霊を導くための道で、同時に自分達を霊と分けてくれるものであること。
花は慰めのための餞であること…。
三人でもう一度手を合わせた。
目を開けると、子ウサギはいなくなっていた。その時は。
※
翌日、みかちゃんは無事に登校して来た。ウサギも見えなかった。
それから関原さんとは何となく仲良くなった。
あの後もたまに永田さんのそばにウサギを見ることがあったのだが、結局言わずじまいだった。