異世界とか霊界とか、信じる信じないではなく、当たり前にあるものだと思って生きてきました。
死んだおじいちゃんが出雲大社で修行していて、祈祷師のような事もやっていたから。
家を建てる人がいると呼ばれて祈祷しに行ったりしていて、小さい頃に付いて行った事もあります。
今回のお話は、私が明晰夢を見た所から始まります。
その夢の中にそのおじいちゃんが祈祷する時の服装によく似た男の子が出てきました。
今思い返してみると、その男の子とおじいちゃんには、何か繋がりがあったのかも知れないと思えてなりません。
※
その日は夜寝たのが深夜1時半くらい。
この春、夢だった仕事にやっと就く事ができた。でも、最初の何ヶ月かは失敗ばかりだった。
それでも落ち込む事なんてな無かったけど、何ヶ月経っても上手くならないし、先輩にも周りの人にも迷惑を掛けてばかりで落ち込んでいた。
その日は疲れもあったのか、久しぶりに明晰夢を見た。
子供の頃は毎日が明晰夢だったのに、いつの間にか見なくなった。
そういえば、おじいちゃんの体が不自由になって、一人で歩けなくなってからかも知れない。
夢の中では真っ白な空間に一人で立っていて、『夢かー。何もないパターンは初めてだなー。歩いてみるかー』という感じで夢は始まった。
何しろどこを見ても真っ白で、方角も分からないし距離感覚も無いので、時々体の向きを変えながら『何かないかなー』とペタペタ歩いていた。
本当に何も無いものだから、最近あった事などを考えながらひたすら歩いた。
失敗した事とか怒られた事ばかり思い出していると、溜め息ばかり出た。
その内、一番思い出したくない事を思い出し、髪の毛をぐしゃぐしゃしながら「あー!もーーー!!」と叫び、今日一番の溜め息を吐いて顔を上げたら、向こうの方に何かあるのが見えた。
『お!』と思っていたら場面が切り替わり、よく見たら4、5歳の男の子だと分かった。
前髪パッツンで可愛いのに、真顔。
服は上下に分かれていて、上が白、下は少し緑が混ざったような明るい水色の袴。
家のおじいちゃんは仕事の傍ら祈祷師のような事をしていたんだけど、後から考えるとその時に着ていた服に似てるなと思った。
声をかけようとしたら、男の子の方が先に口を開いた。
「なんで来たん?」
可愛い顔をしているのに笑顔もなく、子供っぽくないし、変な子だなと思った。
「分からん」
と答えたら、
「溜め息ばかりつくけぇ、真っ白になってしもーたがー」
と言われて、『あれ? なんで叱られてるんだ?』と思った。
お前の方が子供だろうとか、そういう事は思わなかった。
多分ここが真っ白な事を言っているんだなと思い、
「あー、だって仕方ないじゃん」と言ったら、
「溜め息吐いたら幸せが逃げるってゆーたろーが」とまた叱られ、
「だって…」と言うと
「だって…!?」とまた叱るように言われた。
『なぜこんなに怒られなければいけないんだ……』と少し思った。
その後もいくらか会話をしていたら、
「まー、ええけど、あっち行ったら神社があるけぇ、階段を登って鳥居をくぐったらその先にまた鳥居がある。さらに進むと手水舎があるけぇ、そこで清め。もう一つ鳥居をくぐったら本殿があるけぇ」
と言われた。
唐突だったので頭の中がはてなマークだらけだったが、男の子は「じゃっ!」という感じで向こうに歩いて行き、すーっと白い世界に溶け込むように見えなくなった。
そこで目が覚めた。
※
久しぶりに明晰夢を見たなと思い、暫くぼーっとしていたんだけど、突然
「今日仕事だったかも!」
という不安が襲ってきた。
シフト制の仕事をしているので、休みが決まってないから時々こういう事がある。
それで飛び起きたら見たことない部屋が目の前に広がっていた。
家がこんなに綺麗なはずがない!
私が居たのは、白を基調とした部屋に、木製の家具が置いてあるチュラルな感じの部屋で、その雰囲気にマッチした木製のベッドの上で寝ていた。
真っ白で皺もなく、凄く綺麗だったからよく覚えている。
実際の家はとにかく荷物が多く溢れていてぐちゃぐちゃだから、絶対自分の家ではない事が判る……。
もう『ここはどこ?』状態。
身に着けていたパジャマ以外は何も自分の物が無い。
風邪予防のためにタオルを首から巻いていたのと、パジャマ、それだけ。
スマホも無いからマップも見ようがないし、誰かに電話して助けを求める事もできないし……。
嫌な汗が顔から吹き出て来て、ずっとどうしたら良いか分からず固まっていたんだけど、取り敢えずここから出なければと思った。
寝ている間に誰かに連れ去られた?
それにしては凄く綺麗な部屋だし、部屋からは嫌な感じが全くしない。
なんだか清々しい気さえした。
どこかに倒れていたのを優しい誰かが見つけ、家に連れて来て寝かせてくれたんじゃないかとも思った。
それで少し落ち着いたけど、引き戸まで行って向こうに誰も居ないか確認した。
磨りガラスでよく見えなかったから、ドアに耳を当てて音を聞き、ゆっくりと覗くような感じで開けた。
そしたら思っていたのと全然違う景色が広がっていた。
驚いて音がするのも気にせず、一気にガラッとドアを開けた。
ドアの向こうはすぐに外だった。普段自分が暮らしている所とは全然違う。
民家もポツポツあるけど、田舎に時々ある古い家みたいな感じ。
マンションやコンクリート住宅は一切見当たらないし……。
時々、仕事で山間の地域を走ることがあるけど、買い物とかどうするんだろうなと思いながら通るんだよね。
それよりももっと田舎で、戦時中の疎開先の田舎の風景みたいな感じだった。
その当時は生まれていないからよく知らないし、違うかもしれないけど…。
なんだかもう訳がが分からなくなった。
だって、目覚めた部屋はマンションの一室のような感じで、ドアを開けてキッチンの向こうにもう一つドアがあるみたいなのを想像していたのに…。
更に驚いた事に、慌てて振り返ると、そこにさっきまで居た部屋は無かった。
『あ、もう帰れないかも』と思った。
だってドラえもんの世界などでは「どこでもドア」にせよ「タイムマシン」にせよ「通り抜けフープ」にせよ、出てきた穴からでないと戻れないじゃん?
それなのに出てきた穴が消えた訳です。
壁も全部飴色みたいになった木だし、もう何年もここにあるという感じ。
玄関の引き戸は、さっき私が開けたような感じで開いていたけど、中はもうさっき居た部屋ではなくて、外観に相応の造り。
慌てて中に入って見たけど誰も居らず、というか暫く誰も住んでいないんだろうなという感じがした。
勿論あのマンションの部屋にも、自分の家にも戻れなかった。
『もしかしたら夢かも!』と思い、明晰夢で怖い体験をした時に夢から覚める独自の方法があったので、それを何度も試してみたけど駄目だった。
多分、これは夢じゃない。直感だったけど確信に近いものがあった。
色々考えていたら額やこめかみから変な汗が出てきて、呼吸も荒くなってきて、立っていられずその場に座り込んでしまった。
過呼吸みたいな感じで、きっとパニックだったんだと思う。
どれくらいそうしていたか分からないけど、ジャリジャリ歩く音が聞こえて来たので、『人がいる?』と思って顔を上げたら女の子が居た。
「どうした?」
女の子は私を見ながら心配そうな顔をしていた。
浴衣みたいな上下一続きの服を着た、こけしみたいな女の子。
「おねーちゃん、どっから来た?」
と聞かれたので、後ろの家を指差すと女の子は首を傾げ、今度は
「名前は?」
と聞かれた。
ここで気が付いた。
あれ? 自分の名前が分からない。
私は混乱していると、女の子は首を傾げて怪しそうな目でこちらを見て
「おばぁー!」
と走り去ってしまった。
大人を呼ばれる!
自分の名前がなぜ思い出せないのか本気で焦ったけど、大人に見つかるとなんだかまずい気がして、女の子が行ったのとは反対の方向へ全力で走った。
田畑の他には家と牛小屋がポツポツある程度で、どこに隠れても見つかってしまう気がしてなかなか決心できず、取り敢えず一番見つからなそうな山へ走った。
裸足だったので時々石を踏んで痛かった……。
山へ入ってからは慎重に足元を確認しながら歩いた。
誰かが探しに来たらどうしようと思ったけど、誰も来なかったのが幸いだった。
時計が無かったので時間が判らず、誰かが山に探しに来たらどうしようと気が気じゃなかった。
でも、こんな時でもお腹は空くんですね。
お昼を回ったかなと思う頃、お腹がぐーっと鳴り、そういえば朝ご飯も食べていなかったと思ったら、早く家に帰りたいという思いで一杯になった。
山に何か食べられるものはないかなと思いながら歩いていると、アケビが生えていたので採って食べました。
ということは秋? 着ていた冬用のフリースの袖をまくっていたんだけど、動いたせいもあり、それでも暑かった。
田んぼにも稲が元気に育っていたし、畑にはまだトマトと柿もあった。
カレンダーとか見ていないから分からないけど、夏の終わりか秋だったのかもしれない。
※
少しお腹が落ち着いたら気持ちも少しだけ落ち着いたので、今の状況を整理してみた。
朝起きたらなぜか自分の部屋じゃない所にいて、慌てて飛び出したらそこは山間の田舎町で、実際に住んでいる所とは全く違う場所。
それに出会った女の子や町の様子からして、もしかしたら時代が違う?
それか、かなり山奥の他の地域との関わりが殆ど無いような村?
季節は冬のはずなのに、ここでは秋か夏の終わり。
ここまで思い出していたら、ふと明晰夢に出てきた男の子を思い出した。
そういえば「あっちに行ったら神社があるけぇ」とか言ってたな…と。
あっちってどっちだが全然検討もつかないけど、あてもないし神社で神様が助けてくれるかもしれないと思った。
神様じゃないにしても、宮司さんならもしかしたら何かしてくれるんじゃないかと思った。
取り敢えず闇雲に動いても仕方がない思い山を登った。
神社がどこにあるか見えるんじゃないかとも思った。
すると、ここが山と山に挟まれた地域で、真ん中に川が走っていて、その両脇に家がパラパラとしかない所だということが判った。
景色の右側は開けていて、左側は木が邪魔でよく見えない。
取り敢えず右側は来た方だし、誰かに見つかるのが怖かったので、左側に進む事にした。
暫く歩くと人が居て、山の斜面から出ている湧き水を汲んでいるみたいだった。
『見つかったらまずい!』と思って、出来るだけ音を立てないよう隠れて様子を伺った。
水を汲んでいる女の人の後ろにも人が居て、おしゃべりをしながら両手で水をすくい、顔を洗ったり飲んだりしていたから、この水は飲めるんだと分かった。
飲めると分かったら急に喉が渇いてきて、あいつら早くどこか行けと思った。
その人たちが居なくなったのを確認すると、湧き水まで走ってガブガブお腹一杯水を飲んだ。
タオルを水に浸し、額に当てたら気持ち良かった。
それからひたすら歩いた。
畑作業をしている人から怪しそうにこちらを見られたり、途中おじいさんに
「おみゃー!どっから来た!?」
と胸ぐらを掴む勢いで向かって来られたりして、流石に怖くなって走って逃げた。
足も痛くて喉も乾くしお腹も空くし、どこだか判らないしで、もう疲れ切ってなんだかもうどうでも良くなり、近くの畑でトマトを勝手に頂いて食べた後、草が生えている所に大の字になって寝転がった。
背中が少しひんやりして気持ち良かった。
こうしてみると空気も美味しいし、湧き水だって綺麗で飲めるし、昔ってこんな感じだったのかなと、そんな事を考えていた。
そしたら、
「あれぇー? 誰だぁ?」
という声が聞こえて来て、慌てて起き上がったら畑作業に来たおばあさんがこちらを見ていた。
さっきのおじいさんの件もあるので焦ったけど、
「どこの娘さんねー? このほうじゃないねぇ」
と言われ、なんだか優しそうな感じがしたから、旅人という事にして、名前が思い出せないので
「サトコです。白城の方から来ました」
と適当に答えた。
おばあさんは知らないみたいな顔をして、おじいさんにも聞いてみようと言って家に案内してくれた。
おじいさんはまさに家から出て来た所で、二人に招かれて家にお邪魔した。
お茶と漬物を出して貰って食べた。
変な服を着た女一人が、旅人ですなんて言っても信じられなかったと思うけど、深く聞かないでくれたから助かった。
おじいさんとおばあさんは私のことを聞かない代わりに、自分達の話をしてくれた。
娘が居たんだけど、子供の頃に亡くなってしまい、生きていたら私よりは年上くらいとか。
そうやって話していたら外が急に騒がしくなり、バタバタと急ぐ足音が聞こえて来て、段々それが近づいてくるのが分かった。
おじいさんがおばあさんに私を向こうの部屋へ連れて行くように言い、おばあさんに押されるようにして奥の部屋へ移った。
襖を閉めたのと同時くらいに玄関戸がガラっと勢い良く開き、返事もしていないのに
「ひーちゃんよぉ!」
と言いながら男の人が入って来た。
「どーしたぁ?」
おじいさんが何も無かったかのように答えると、その男の人は
「見たことがない女が今朝からこの村をウロウロしている。○○さんとこの孫が声を掛けたらしいが、変なやつだったと言っていた。わしも昼間に見たが、変な青い服を着ているし怪しい。気を付けろ」
と話し、おじいさんは真剣に聞いていたみたいだけど、そのうち男の人は帰って行った。
おじいさんもおばあさんも私の事だと気付いたと思う。
捕まえられるかもしれないと思ったけど、
「びっくりさせたねぇ」
と言って変わらない笑顔で接してくれた。
二人の優しさに涙が出た。
何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝ったけど、「ええから何も考えずに食え」と晩御飯もご馳走してくれた。
玄米粥に漬物に、鮎のような川魚を焼いたものと柿を出してくれた。
娘が帰って来たみたいだと凄く喜んで、布団も敷いてくれた。
服も一日中動き回って汚れていたので、洗っておいてあげると言っておばあさんの服を貸してくれた。
私はお礼を言い、
「神社を探してる」
と切り出したら近くにあると言われ、日が沈む前にと案内してもらった。
境内をウロウロして見たけど特に何もなく、鳥居が4つくらいある大きな神社はないかと尋ねたら、少し驚いた様子で「ここから結構歩く。もうじき日も暮れるし、明日案内してあげよう」と言われた。
「今日は泊まっていきなさい」とも。
家に帰っても暫く話をしたり、部屋を見せてもらったりして、3人で笑い合った。
そのうち明日は早いからもう寝なさいと言われたけれど、日が落ちてからそれほど時間も経っておらず、まだ19時くらいじゃないかと思った。
時計が見当たらなかったので分からないけど…。
なかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠っていたみたいで、人の動く気配で目が覚めた。
全部夢で起きたら自分の部屋だったというのを期待したけど、目を開けたらやはり昨日眠った民家だった。
まあ、実際は一人暮らしなので元の世界に帰ってたとして人の気配がしたらそれはそれで怖いんだけど。
もう帰れないかもしれないと思うとまた涙が込み上げてきて、布団から出られないでいると
「朝ができたよぉ。はよぉ起きぃ~」
とおばあさんに起こされ、
「はよぉせんと、日がくれてしまうど」
とおじいさんからも朝ご飯を急いで食べるように言われた。
いや、日が暮れるって、今真っ暗なんですけど……。
まだ夜じゃないかと思うほど真っ暗で、窓からの月明かり程度の光と、囲炉裏の火の明かりでご飯を食べた。
味噌汁と漬物が塩っぱくて少し酸っぱかった。全体的に味が濃かったように思う。
元々食べるのは早いのでサッと食べて身支度をし、おばあさんが作ってくれたというお弁当を持って、おじいさんとおばあさんと3人で出掛けた。
※
やはりまだ外は暗かった。
多分、村の人に見つかると説明がややこしいというのもあったんだと思う。
まだ人が起き出す前に村を出たかったんだろうな。
歩いては休み、歩いては休みを繰り返して、本当に朝なのか分からないほど暗い内に出たはずなのに、いつの間にか日は高くなっていて、もうその頃には足は棒のようになり、これ以上歩けないと思った。
おじいさんとおばあさんも疲れたみたいで、ちょうど良い木を見つけ、その下でおばあさんが作ってくれた昼ご飯を食べた。
長い休憩をして体力の回復を待ってから、
「ほりゃ。もう少しじゃ」
と言うおじいさんの声に力を振り絞ってまた歩き出した。
それから1時間は歩いたと思う。
視界の向こうに大きく立派な建物が見えてきた。
あれが神社だと言う。確かにもの凄く立派な鳥居も見える。
多分、これで合っていると思った。なぜこんなに確信にも近い直感が働くのか自分にもよく分からなかったけど…。
おじいさんとおばあさんに連れられて、鳥居をくぐって手水舎で清め、本殿へ向かって手を合わせた。
しかし何も起こらない。
頼みの綱が神社に来ることだったので、私は物凄く焦った。
もう他に行く所なんて思いつかない!
でも、もしかしたら一人で来なければ駄目なのではという思いがチラッと過った。おじいさんとおばあさんが居ちゃダメなんだと。
それに、まだ真昼で参拝者も多い。人が居なくならなければダメなんじゃないかと漠然と思った。
こんなにしてもらって悪いけど、後は二人に頼らずに一人で解決する他ないと思い、別れるつもりで二人にお礼を言った。
そうしたらお別れどころか、二人は当たり前のように「宿屋に行くから付いておいで」と言ってきた。
※
ここに来るまで相当な時間が掛かった。
早く帰らないと日が暮れてしまうのではと思い「帰らなくていいの?」と聞いたら、「折角来たのにすぐに帰る奴があるか。どの道サトコも今日は疲れて動けないだろう」と言われた。
確かに足は棒のようになっているし、もう動けない……。
それに、よく考えたらおじいさんとおばあさんは年齢から私以上に疲れているはずで、今から帰る方が無理があると思った。
宿屋はすぐそこだからと言われ、15分程歩いた。
あまりの疲労感で、すぐにでも床に就きたいと思ったけど、体くらい流せと言われておばあさんと温泉に入った。
大浴場のような感じで広かったので寛いでいたら、他の人も入って来て、そろそろ出るかなと思ったら何食わぬ顔で男の人も入って来てびっくりした。
おばあさんも特にびっくりしていないし、後で聞いたらなんか混浴が普通らしい。
隠すタオルも無いし、壁の方を向きながら男の人に背中を向けてそそくさとお風呂から出て、体も殆ど拭かずに、おばあさんが置いてくれた浴衣みたいな服を着て、急いで部屋に戻った。
ある意味、朝起きて変な世界に来たと気付いた時よりパニックになった。
宿屋の晩御飯も頂いた。猪の肉があんなに美味しいとは初めて知った。
その日はぐっすり寝て、気が付いたら朝。
夜の内に神社に行くつもりだったのに、しまったと思ったけど時間は戻らないし、次のチャンスを待つしかない。
幸いおじいさんたちも4、5日泊まるつもりらしい。
昨日は日が出る前から歩き始め、日が昇り切った頃に着いたのだから、5、6時間はゆうに掛かったことになる。
遠くの人がこの神社に参るのは、年に一度か二度の一大イベントらしい。
朝はおじいさんたちとお参りをしたり、近くの村を見て回ったりした。
今日の夜こそ神社へ行くと思っていたので、寝過ごさないように体調が悪い振りをして、昼過ぎから一人で宿屋に戻って寝ていた。
「晩御飯だよ」の声で目が覚め、3人で御飯を食べていると、なんだが二人が本当のおじいちゃんおばあちゃんのようにに思えてきた。
現実では祖父も祖母も病気で亡くしているので、なんだか切なくなって涙が出てきた。
そうしたらおばあさんが服の裾で涙を拭いてくれて、「悲しい事があったら月を見なさい」と窓を開けてくれた。
「上を向くと涙が自然と止まるでしょう」と。
今まで気付かなかったけど、空は満点の星空に殆どまん丸な月が浮かんでいて、凄く綺麗だった。
こんなに沢山の星を見たのは初めてだ。
自然と涙も止まって、「本当だ」と3人で笑った。
※
その夜、おじいさんとおばあさんが寝たのを確認して神社に向かった。
宿屋を出る前に借りた服を脱ぎ、枕元に畳んで、精一杯の感謝の気持ちを込めたメモ書きを残して来た。
机の上に小筆と和紙が置いてあったので、それを拝借し月明かりを頼りに書いた。
暗いし筆が使い慣れないしで、ちゃんと書けているのかよく分からなかったけど、二人を起こすといけないので走り書きした。
おじいさんとおばあさん、読めたかな……。
宿屋をこっそり出て路地に立ったら、おじいさんとおばあさんに申し訳ない思いと、もう会えなくなるのかという思いで、悲しくて涙が溢れてきたから、おばあさんに言われた通り月を見上げた。
暫くして涙を拭いて、決意して神社に向かった。
雲は殆ど無く、月明かりが道を照らしてくれたのでなんとか進めた。
神社に着いたら昼とは違って参拝客が全く居ない。
それでも松明に火は灯っていて、歩いて来た道よりもずっと明るい。
ここに来る前に見た明晰夢に出てきた男の子が言ったことは正直よく覚えていなかったけど、昨日おじいさんがやっていたように、一の鳥居から順番にくぐって手水舎で清めてから本殿へ向かえば良いと確信したのでそうした。
本殿の扉は開いていて、賽銭箱の前まで行くと、中にあの男の子が居るのが分かった。
「帰りてゃーか?」
男の子が真っ直ぐ私を見てそう聞いてきた。
「帰りたい!」
と言うと、
「おじいさんとおばあさんをおいて帰るんか?」
と言うので、息を飲んだように何も言えなくなった。
あの人たちには本当に良くしてもらって、娘のように思ってもらったのに、手紙を残して来たとはいえ、黙ってさよならなんて最低だと思った。
でも、ここは私が元居た所とは違うし、私の居るべき場所じゃない。
ここに居たらいけないと思った。
そう言うと男の子は、帰っても何も変わってないぞと私を試すように言った。
「溜め息が多くなると霧が出る」
というような事も言っていた。
多分戻ったからと言って仕事が出来るようになる訳でもないし、失敗して怒られる毎日が待っているだけ。
溜め息が出るような毎日が続くだろう、ということが言いたかったんだと思う。
「ここに居ればおばあさんとおじいさんと朝起きて畑の世話をして、日が暮れる前に家に戻り、藁草履を編んだり縫い物をして、疲れたらご飯を食べ、悩む事もなく床に就ける。空気も水もおいしいぞ」
と更に続けて、それでも戻りたいのかと聞いてきた。
正直、少し心が揺れた。
どうせ帰っても怒られるばかりで上手く行かないし、夢を叶えたはずなのに元々私には向いていなかったのかもしれない。
たった2日だったけど、このままここに居るのも良いかなと思った。
でも、昨日の昼間、
「おみゃー!どっから来た!?」
と言った人とか、おじいさんの家にやってきた男の人の剣幕を思い返し、やはりここは私が居て良い所じゃないし、居られないと思った。
「やっぱり帰りたい!」
半分泣きながらそう強く言うと、男の子は、次に霧に迷い込んだらもう助けてやれないというような事を言い、こちらに来いという仕草をした。
階段を探してキョロキョロしたけど、近くに昇り口が見つからなかったので、なんとかよじ登って柵をまたいで本殿に上がった。
中は全面板張りで、凄く広かったのを覚えている。小学校の体育館くらいあったかもしれない。
そこに男の子が一人だけで立っていて、藁草履は脱いでそこの扉を開け中に入れと言われた。
言われた通り草履を脱ぎ、指差した方にある引き戸を開けると、なんとそこには昨日の朝に目が覚めたナチュラルな6畳くらいの部屋があった。
驚いて後ろを向くと、もう男の子は居なかった。
ドアを潜って中に入ったらなんだか急に眠たくなってきて、窓際にあった白いベッドに横になった。
※
どれくらい寝たのか、はっと気が付いて飛び起きたら、もう自分の部屋だった。
凄く混乱して暫く方針状態だったけど、夢にしては凄くリアルだったなと思い一日過ごした。
それで、その夜お風呂から出てパジャマに着替えていて気が付いた。
ポケットに何か入っている……。
取り出してみると小さな御幣だった。
おじいちゃんがまだ生きていた頃、神棚に飾ってあったから知っているんです。
お神酒も毎月1日に変えていたし、毎日神様にあげるご飯を取ってからじゃないと、私たちは朝ご飯が食べられなかった。
それに毎朝毎晩白い御幣が沢山下がった木の棒を振って、鈴を鳴らしながら水晶と鏡と龍と、お札のようなものが祀ってある祭壇に向かっておじいちゃんは拝んでいた。
おじいちゃんとおばあちゃんが死んでからは、誰もやり方が分からずやらなくなったけど。
それで、このポケットから出てきた御幣。そんなもの作った覚えも貰った覚えもないし、第一私は作り方を知らない。
それがなぜポケットに?
夢の中で、私はおばあさんから服を借りるまで、このパジャマを着て動いていたことを思い出した。
ああ、夢じゃなかったんだなと思った。
カーテンを開けてみたら月が見えた。
最近ずっと天気が良い日が続いていたけど、そうか、もう少しで月がまん丸なんだな。
向こうで見た月もこんなのだったな。
そう思ったら急に涙が零れた。
向こうとは違ってここは明る過ぎるから星は殆ど見えないけど、それでも月だけはちゃんと見えた。
おじいさんとおばあさんどうしてるかなと考えたら、月を見ているのに涙が次から次へと溢れて来た。
相変わらず部屋はぐちゃぐちゃだし、仕事の資料が山積みで、終わっていない仕事が片付く目処も立たないし、効率良く上手くやり遂げる良い方法も閃かない。
現状は決して変わっていないけど、それでも帰りたいと言ったのは私だし、強くならなきゃと思ったら、なんだか凄く前向きな気持ちになった。
今も凄く気持ちは前向きだよ。
これを書き終えたら、もう一度まっさらな気持ちで仕事に向かってみようと思っているんだ。
夢が叶ったあの時の嬉しかった気持ちと、希望に満ちていた時の自分を思い出し、初心に返ってみようと思っています。