私が学生の時に、実際に体験した話です。
その当時付き合っていたある女友達は、ちょっと不思議な人でした。
弟さんが亡くなっているんですが、彼女の家に遊びに行くと、どこからかマンドリンの音が聞こてくるのです。
すると、「あー、またあの子が弾いてる」と彼女もお母さんも当たり前のことのように言うのです。
その頃、私は頻繁に奇妙な夢を見ていました。
彼女に似た丸い顔をした男の子が十字架に掛かっているという夢でした。
その話をすると、彼女は「弟は白血病で死んだので、薬の副作用で顔が丸くなっていた。それは私の弟だ」と言って泣くのです。
その内、夜になると私の家でも何かが侵入してくるような気配が感じられるようになり、彼女に御札をもらって部屋の四隅に貼ったりしていました。
でもまだ若かったせいか、そういうことも別段異常なことだとは思わずに日々を過ごしていました。
※
大学2回生の夏に鳥取まで遊びに行った時、そんなことを言ってはいられない目に遭いました。
みんなで車に乗り、山を越える時には夜になっていました。
山中の夜のドライブというだけで十分恐い気もしていたのですが、山の途中で車がガタガタ音を立て、止まってしまいました。
「え、こんなところで…どうしよう?」
と思ったのも束の間、彼女が運転席で、
「誰かを乗せてしまったみたい…」
と言いました。
「え、うそ?」
と私はパニック状態に陥りました。
私は助手席に乗っていたのですが、恐くて後ろを見ることができません。
「どこか行きたいところがあるみたいだから、送ってあげる」
彼女がそう言った途端、車がまた動きだし、しばらく走った後でまたガタガタと音を立て止まりました。
「ここみたいね…」
「そんな落ち着いた声で恐いこと言わないでちょうだい」
と言う私の言葉も聞かず、彼女は冷静に、
「降りてください…」
とドアを開けて言いました。
私はもう『神様仏様、お願いですから降りてもらってください…』と念じるだけ。
必死の願いが通じたのか、車の後部座席から何か白いものが、飛ぶような速さで前方の一角に消えました。
彼女がライトで照らすと、そこにはお地蔵さんがあったのです。
「ここに来たかったのね…」
と彼女。
私はもう何も言えず、とにかく山を越えて無事目的地に着くことばかりを祈っていました。
鳥取では砂丘を見て海で泳ぎ、平穏に過ごしました。帰りは格別恐いこともなく無事に家に到着。
彼女とはその後、段々疎遠になりました。それ以後、私の夢に彼女の弟が現れることもありませんでした。