この話は2013年の8月頭くらいの話。
爺ちゃんの49日のために行った先での出来事だから、恐らくその辺りだ。
その日はクソ暑かった。休日だったその日は、朝から爺ちゃんの法要のために親父と母さんと妹で母さんの故郷に来ていたんだ。
結構田舎で、周りは山とか田んぼがあるような場所で、爺ちゃんが亡くなる前は長期休暇の度に来ていた。
んで、まあ無事に法要終わって爺ちゃん家で集まった親戚達と団欒していたんだが「○○(俺)は大学は行くのか」やら「彼女入るのか」やら、よくあるどうでも良い質問攻めにいい加減面倒くさくなっていた。
正直外は滅茶苦茶暑かったが、俺はなんとかこの状況から抜け出したかったし、ちょっと行きたいところがあったから一人で出かけたんだ。
そこは爺ちゃんが昔よく連れて行ってくれてた公園。と言っても遊具もなく、ベンチと小さな木のテーブルがあるだけの広場みたいなところ。
周りには木が茂っていて、昼を過ぎると日があまり当たらないようなところだ。
それ以外の周りは田んぼで、そこだけやたら木があるって感じ。
案の定誰もいない広場で、俺はそのベンチに座ってボーっとしてた。
木陰になっててちょうど気持ち良い風がくる。蝉の声とサワサワって葉っぱが揺れる音しかしない。
爺ちゃんっ子だった俺はだんだん昔の事とか思い出して、恥ずかしながらその場でちょっと泣いてた(笑)。
で、しばらく泣いて落ち着いたから「そろそろ帰るか!」と立ち上がった。
すると立ち眩みのようにグワングワンと目の前が揺れた。
あー、立ち眩みやあ…って思いながらもう一回座って治まるのを待った。
そしてしばらくして治まったからまた立ち上がった。
やはり目の前がグワングワン揺れている。
「あれ、やばい、なにこれ?」
耳がキーーーーーンって鳴ってて、さっきまで聞こえていた蝉の声や風の音が全くしない。
どんどん立ち眩みが酷くなってきて頭の中が白くなって行く。
「あー、俺、倒れるなあ」
そんな風に冷静に考えてたのを憶えている。
目が覚めたら暗くなっていた。
ハッとして、早く帰らないと心配するだろうと思い、急いで帰ろうと立ち上がった。
すぐに異変に気付いた。
何かおかしい。
確かに暗いのに周りが見えるんだよ。
結構な田舎だからさ、街灯もほぼ無いわけ。
だから夜になって真っ暗ならそんなところで何も見えないはずなのに地面が見える。
昼なのに空だけが暗い感じ。言葉にするのが難しいんだけど…。
ナニコレナニコレ気持ち悪い。
その時は何が起こってるか解らなくて、とにかく家に向って走ったんだよ。
でも、やっぱりおかしいんだ。
広場は爺ちゃん家から15分くらいの場所で、道なんか一本道に等しい。
なのに戻る途中、見覚えのない道や家が建っていたり、あったはずの建物がなかったりするんだ。
でも、憶えている道や家もある。だから間違いじゃないはずなんだ。
これはいよいよ自分の頭がおかしくなったのかと泣きそうになりながら走った。
家が無かったらどうしようと思っていた。
が、そこに爺ちゃん家はあった。
俺は心底安心して家に入ろうとしたが、鍵がかかっていた。
混乱している俺は「俺や!開けてくれ!!」みたいなことを叫びながら、呼び鈴を押しまくっていたと思う。
玄関のすりガラス越しに誰かが出てくる気配がして心底ホッとした。
やっと玄関が開いて人が出てきた。
爺ちゃんだった。
ここで俺完全に思考停止。
声が出ないって本当にあるんだね。
『え? なに? 爺ちゃん?』
『は? なんで?』
本当に疑問符しか浮かばなかった。
あり得ないあり得ない。
だって爺ちゃんが死んだから法要の為に来たのに。
言葉を失くして立ち尽くしている俺を、爺ちゃんも驚いたような顔で見つめている。
で、爺ちゃんが口を開いて何かを言ったんだけど、全然聞き取れないの。
声は確かに爺ちゃんなのに、フニャフニャ言ってるようにしか聞こえない。
訳が分からず突っ立っている俺の肩を掴んでまたフニャフニャ言う爺ちゃん。
我に返った俺は、あんなに爺ちゃんに会いたがっていたくせに、急に怖くなって悲鳴をあげてその手を振り程いて逃げた。
滅茶苦茶走って、もう走れないと思い立ち止まった時、ここでやっと携帯の存在を思い出してとりあえず母さんに電話した。
そしたら母さんが出た。
でも、やっぱり言葉を聞き取ることが出来ない。
もごもごふにゃふにゃと訳の解らないことばかりを言う。
もうなにがなんだか解らなくて「なんやねん!!わけわからんわ!!」って叫びつつ携帯を切った。
その後、何度か母さんから着信があったが出なかった。
どうせ何を言ってるか解らない。
自分が急にひとりぼっちになった気がして、行く宛もなく彷徨った。
見覚えのある場所とそうでない場所が混在していて、どうしたら良いか分からなかった。
だけど、頼れる場所と言えばもう警察しかないと思った。
自分の記憶にある交番まで向かった。
なんとか少し迷いながらも交番まで辿り着いた。
この頃には少し冷静になっていて、周りの状況が把握できつつあった。
まず、言語はやはり家族以外も違った。
看板などに書いてある言葉、というか文字の羅列が俺には全く理解できなかったし、読めなかった。
漢字や記号、カタカナが使われていたと思うが、文字化けしたように意味不明な文字の羅列だった。
“价ィ箆嘛ェ囎椏キ頴”
みたいな感じ(文字は適当)で、よく見る漢字と、日本じゃ殆ど見たことがないような漢字が使われていたように思う。
で、交番に着いてからなんだけど、外から覗くと警察官が一人暇そうにしていた。
俺は少しだけ安心して中に入った。
「すいません…あの…」
そう言うと警察官は少し驚いたような顔をして俺を見つめた。
そして何かを聞いてるような感じで話し出したんだけど、やっぱり解らない。
本当に外国に一人取り残された気分だった。
言葉も通じない、今までの記憶もあてにならない。
急に心細くなってしまって、警察官の前でいい年してわんわん泣いてしまった(笑)。
警察官は凄く焦ってたが、やがて紙とペンを渡された。
何を書いたら良いか分からなかったが、とにかく自分の名前を書いて自分を指差し、伝わっているか分からないが、これが俺の名前であるとジェスチャーで伝えた。
俺の書いた言葉は解らないようだったけど、なんとなく理解してくれたようで、警察官はどこかに電話をかけだした。
もう自分がどうなるのか、俺の知ってる家族の元に帰れるのか、そんなことばかり考えていた。
警察官は電話が終わると、俺に向かってここで待ってろ的なジェスチャーをして奥の部屋に行ってしまった。
※
しばらくすると警察官がお茶とお菓子を持って来てくれた。
和菓子みたいな見たこともないものだったけど美味しかった。
まあ、何度か話しかけられたが言葉も通じないので、特に何もすることなくボーっとしていたんだけど、2時間くらい経って誰かが入ってきた。
スーツ姿でメガネをかけていて、身長の高い、なんだかちょっと怖そうな人だった。
警察官と二人で話した後、俺の腕を少し強引に引っ張って交番から連れ出した。
交番の前に停めてあった紺色の車に俺を乗せると、その男はしきりに色々なところに電話をしている。
あ、ちなみに電話はこちらと同じでスマホの人が多かったな。
そんなに沢山見た訳じゃないが、普通のスマホよりちょっと大きめだったと思う。
タブレットみたいなものを持ってる人もいた。
話が逸れたが、男は電話が終わると運転しながらチラリとこちらを見て、ごちゃごちゃと少し強めの語調で話しかけてきた。
なんだか怒られてるような気分になったが、何言ってるか解らないから答えようがなかった。
で、時間は判らなかったんだけど途中で眠ってしまったようで、次に起こされた時は病院のようなところに着いていた。
車から降りてその施設に入ると個室に連れて行かれ、50歳くらいの優しそうな医者らしき人から問診のようなものを受けた。
俺を連れて来た男はその部屋には入って来なかった。
何か聞かれてるのは分かっていたけど答えられないから「わかりません」を繰り返していたと思う。
すると、また紙とペンを渡されて医者らしき人間が近くにあったコップを見せて指を差した。
「これは何?」ってことだろうかと思い「コップ」と書いた。
医者は少し難しい顔をして、更に自分のメガネを外して指を差した。
これも「メガネ」と書いて見せたが同じ反応。
その後、何度かこのやり取りをしたが良い反応は何もなく、医者は人を呼んで何か指示を出すような素振りを見せると、俺をまた違う部屋へと連れて行った。
その部屋にはベッドといくつか椅子が置いてあるだけの狭い部屋だった。
ベッドは4つあって、他に患者らしき男が一人いて、こちらを見つめていた。
その医者は俺をベッドで寝るように促すと部屋を出て行ったんだけど、外側から鍵をかけられたのが判った。
ずーっと天井を見つめながら、俺はどうなるんだろうとか考えてたらまた泣きそうになったけど、他に人がいるから泣けなかった。
なんで病院に連れて来られたんだろう。
やっぱり俺は頭がおかしくなったのか。
正直、この時は一連の出来事があまりにも非現実的すぎて、自分が正気なのかも分からなかった。
脳に障害が出て急に言葉が解らなくなってしまったとか、病気にかかったのかもしれないとか、少し真剣に考えたが、じゃあ俺が知ってる言葉や記憶は何なんだろうと思い出すと、もう頭の中がグチャグチャで今にも叫びだしそうだった。
「おい」
ふと隣のベッドから声をかけられた。
驚いてそっちを見ると、先程じっと俺を見ていた頭に包帯を巻いたオッサンだった。
年は40前後かな、少しガタイのいいヒゲ面のオッサン。
「言葉わかるんか?」
「!!」
まさかの聞き慣れた言葉だった。
「わかります!!」
めちゃくちゃ嬉しくて、つい大声を出してしまった。
でも、それくらい嬉しかった。また泣きそうになったがぐっと堪えた。
「いつ来たん?」
「えっと、ここに連れて来られたのは今日です」
「いや、こっちの世界に来たのはいつや?」
そう言われて物凄く非現実的な言葉に違和感を感じたが、なるほどそう言う事かと無理矢理にも理解せざるを得なかった。
「それも今日です」
「来たばかりなんやな…それやったら帰れるかもしれへんな」
「あなたはいつ来られたんですか?」
「もう3ヶ月近く前やな。俺はもう帰られへんと思う」
そう言ってオッサンはため息を吐いていた。
オッサンから聞いた話を簡単にまとめると、
・ここはどういう施設なのか判らない
・オッサンがここに来てから2人程俺と同じように連れて来られた人間がいて、同じように違う世界から来た奴だった
・その人たちは数日するとどこかに連れて行かれた
・オッサンは元々は奈良に住んでいた
・ここの職員かは分からないが、たまに言葉の通じる医者のような人間が来る
他にも色々聞いたが重要なのはこのくらいかな。
その後、結局俺はその部屋に5日程監禁された状態だった。
トイレと風呂以外は出られなかったし、部屋の出入りには必ず職員らしき誰かが付いていた。
めっちゃ怖かったのは、毎日なんだかよく分からない注射をされたこと。
それはオッサンもされてた。
何の注射かオッサンに聞いてみたけど、判らないって言われた。
注射をされたからといって、別段何も身体に変わりはなかったけど、謎の薬を投与されるのは物凄く怖かった。
んで、5日程経った日、眠っていると部屋に人が入って来る音で目が覚めた。
見ると俺のベッドの前に白髪の少し小さいおじいさんがいた。
白衣だったので、この人も多分医者。
だけどなんとなく偉いんだろうなあって雰囲気だった。
おじいさんは無言で俺を手招きし、部屋を出ていった。
俺は素直に着いて行くと別室に連れて行かれた。
「君の元いた場所はどこかな」
おじいさんがそう言った。
また言葉が解る人がいる事に驚いたが、とにかく今は帰れるのかどうかが物凄く知りたかった。
「えっと、兵庫県の○○です」
「そうか、○○か」
「はい」
「帰りたいだろう?」
「帰れるんですか?」
「君を帰してあげるよ。ただいくつか約束事がある」
そう言っていくつか条件を言われた。
・カメラや携帯で何か写真やこちらの世界のものを残していないか
・ここに来た事を話しても良いけれど、存在自体を認めさせてはいけない
・元の世界に帰れたらここに来てしまった場所には近付くな
・もし次に来てしまったらもう帰ることはできない
こんなことを言われたと思う。
なんでも約束しますと半泣きで誓った。
すると、おじいさんはどこかへ電話をして、しばらく経つと別のスーツ姿の若い人が来た。
この人も話すことができた。
その人に連れられるままに俺は外に出て黒い車に乗せられた。
これで帰れると喜んだが、その奥で同じ部屋にいたオッサンに何も告げられなかったことを少し悔やんだ。
車の中でその人に話を聞くことができた。
この人はあの病院の人じゃないから詳しくはないけれど、あのオッサンは病院に連れて来られるのがかなり遅かったようで、恐らく帰れないだろうと言っていた。
その人自身も元は俺と同じで別のところからこの世界に来たらしい。
理由は聞けなかったが、帰れなくなってしまったのだと言う。
で、その後今の世界に戻ってきたわけだけど、どうやって帰ってきたのか、どれだけ思い出そうとしても思い出せないんだよ。
ただ、急激に車の中で眠くなったのを憶えている。
気が付いたら爺ちゃんちの庭で寝てた。
爺ちゃんの49日の法要が確か8月6日だったと思うんだけど、俺が異世界からにいた期間は6日間だったのにも関わらず、帰って来たのは8日日の晩だった。
これだけだったら今まで書いたこと全部全部夢だったって思い込むことは無理矢理にでも出来たんだけどね。夢なんかじゃないって言い切れることが起きてたんだ。
俺が爺ちゃんちの家の庭で目を覚まし、ちゃんと元の世界に戻って来たって確認するために急いで爺ちゃん家に入った。
そしたら、
ま た 爺 ち ゃ ん 生 き て た
解りやすく書くと、
爺ちゃんが死んで、法要の為に爺ちゃん家にきた世界(はじめの世界)
↓
似ているけど風景、建物、言葉が違う世界(明らかな異世界)
↓
はじめの世界とほぼ同じだけど爺ちゃんが死ななかった世界(今いる世界)
ってことになるんだと思う。
あれは絶対に夢なんかじゃないし、確かに爺ちゃんは死んだんだ。
病院で息を引き取る瞬間も、棺桶に横たわる姿も、火葬場に入るところも見た。
骨だってこの手で拾った。
なのに今現在、爺ちゃんは生きてる。
だから沢山考えたり調べたりしたんだけど、多分この世にはいくつも分岐した世界があって、限りなく元いた世界に近いけど少しずれた世界に俺は帰って来たんだと思う。
はじめにも書いたように、こんな話信じてもらえなくて当たり前だけど、誰かに聞いて欲しかったんだ。
ここまで聞いてくださってありがとうございました。