小学校の頃、家族で山に行った時の話。
俺はふとしたことで山道から外れ、迷子になってしまった。
山道に出ようとしたけれど、行けども行けども同じような風景が続く。
そのうち足が動かなくなり、眩暈を感じた。
俺はその場に崩れ落ち、ずるずると倒れ込んでしまった。
何だか、お腹と背中がくっつきそうというのは正にあんな感じで、ひもじくて一歩も動けなかった。
『やべー、どうしよう』と思ったけど、その意識も朦朧としている。
そんな時、ふと視界の隅に映るものがあった。
目だけは動いたから何とかそっちの方を見やると、俺の足の方に誰かが立っていた。
親父かなと思ったけど、違った。
そいつは、真っ黒でボロボロの草履を履いてたんだ。
地元の人かと思ったけど、変なんだ。そいつ、足が宙に浮いてるんだよ。
それに気付いた時、爪先から頭の天辺にかけて、ぶわーっと寒気が走った。
こいつはやばいと思って逃げようとしても、身体が動かない。
そいつの手がぬっと伸びて来て、俺の足をつかもうとしたその時、ガサガサガサッと俺の頭の方から足音が聞こえてきた。
現れたのは、でかい籠を背負ったお婆さんだった。
お婆さんは、持っていたおにぎりを、徐に俺の口の中に突っ込んだ。
『なにすんだ、このばあさん!』と一瞬思ったけど、口の中に広がった米と塩の味がすげえ美味いの。
さっきまでの空腹感なんて吹っ飛んで、俺の身体は動くようになっていた。
飛び起きた俺は足元を見たが、草履のやつは居なくなっていた。
お婆さんは「もう少しでダルに引き摺られるところだった」と言っていた。
その後、お婆さんに連れられて山道に出たら、両親と再会することができた。
あれから、山には行っていない。
ダルとやらに引き摺られたらどうなってたんだろう。
お婆さんが来てくれなかったら、俺、死んでたのかな。