私は工務店に勤めておりまして、3年程前にある幼稚園までバスの車庫を修理に行った時の事です。
その幼稚園はお寺が経営していまして、車庫は園舎を横に抜けた本堂裏の広場にありました。
その広場は真ん中をバスが通るために何も無く、邪魔にならない端の方にコンクリートをおわん型に固めた直径3メートル位の遊具がある程度でした。
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朝8時半くらいに幼稚園に到着すると車庫の側にトラックを停め、風で剥がれてしまったトタン屋根を直すべく準備を始めました。
軒先下に足場を作り、さてトラックから屋根材を持って来ようと振り返ると、遊具の所に10人程の園児が集まっています。
幼稚園や小学校で作業をしていると、物珍しさに子供たちが集まって見ているというのはよくある事です。
遊具から車庫までは距離があるので危険は無いだろうと考え、足場の上に上がった時の事です。
「らぁっきぃーーー、らぁっきぃーーー」
背後から園児たちの声が聞こえました。
舌足らずで、間延びした声です。
「らぁっきぃーーー、らぁっきぃーーー」
それは一人だけのものではありません。
その場にいる園児たち全員が声を合わせているのでしょうか。
何事だろうと振り返ると、声がピタッと止まりました。
何かの遊びなんだろうかと思いつつ、また作業に取り掛かると、また「ラッキー」の連呼が始まります。
「らぁっきぃーーー、らぁっきぃーーー」
来る途中、幼稚園の庭に犬小屋があるのが見えましたから、飼っている犬でも呼んでいるんだろうと思いました。
でも遊具の方を振り返ると、またピタッと「ラッキー」コールが止みます。
周囲を見回してみましたが、その手のものは見当たりません。
おかしな遊びがあるものだと妙な違和感を感じつつ、手元に目をやると、また園児達の「ラッキー」コールが始まります。
「らぁっきぃーーー、らぁっきぃーーー」
振り返ると、止まる。
また作業に戻ると、
「らぁっきぃーーー、らぁっきぃーーー」
また始まる。
…どうも私がそちらを向いていない間はコールを続け、振り返るのを合図にコールを止めるようなルールにでもなっているんでしょうか。
10秒おきくらいに振り返って見ると、本当にその通りになっていました。
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何度も繰り返していて気が付いたのですが、振り返ると遊具の上に座り込んだ園児たちは何事も無かったかのように、思い思いにあちこちの方向に視線を飛ばしています。
しかし、誰一人としてこちらを見ていません。
まるで振り返った私から目を逸らしているみたいに。
それに気が付いて背中に寒気が走りました。
何か自分が見ていない間にだけ呪文を唱えるように繰り返される「ラッキー」コールに、私の方を見ようとしない園児達。
それに何か異質なものを感じ、振り返るのが怖くなりました。
やがて始業のチャイムが鳴り、園児たちは遊具を飛び降りて園舎へ戻って行きましたが、あの園児達の行動は一体何だったのでしょうか?