朝、林道を車で走って現場へ向かう途中の出来事。
前を歩いていた登山者が道の脇によけてくれたから、窓越しに会釈をした。
運転していた相方は「お前、何してるんだ」と言い、
「よけてくれたから会釈したんじゃねぇか」と返したら、
「誰も居なかった」と言う。
振り返ったら、やはり誰も居ない。隠れるところも脇道もない。
道の山側も谷側も絶壁。
※
またある日、長い隋道をいつものように車で走っていると、後ろからターボエンジンの爆音が聞こえて来た。
「えらいアオってんなぁ」とバックミラーを見たが、後続車はない。
車の影はないのに、暴走族のような不規則な爆音だけがピッタリとついて来る。
相方「聞こえるか…」
俺「聞こえてる…」
相方「後ろにゃ何もねえよなあ…」
俺「何もねえ…」
「うわあああ!」と、二人でひっくり返った声を出し、ブレーキを踏んで減速すると、ターボエンジンの音だけが俺達の軽トラを追い越して行った。
※
翌日、落ち着きを取り戻した二人は、
「昨日のあれは、自分の軽トラの音が、隋道の中で反響して聞こえたのだ」
「追い越されたように思ったのは、軽トラが隋道の半分を過ぎた時、音の跳ね返る向きが変わったのだ。
行くのか来るのか分からない、救急車のサイレンと同じだ」
と結論を出し、何故か「今日も聞こえるはず」と決めてかかり、同じ時刻に同じ隧道を通り抜けた。
あの音があの日だけのものであったことは言うまでもない。
忘れもしない10月13日、埼玉県成木の吹上隋道での出来事。
※
もう幾つか不思議な話がある。
枝打ちをしていると、20メートルほど下の方で二人連れらしき女性の話し声がする。楽しそうに笑っている。
たまに鉄砲撃ちが犬を連れて入って来る事はあっても、一般のハイキングのおばさんが歩けるようなところじゃない。
もちろん道なんかない。
風に乗って遠くの人声が聞こえて来たのではと思ったが、尾根にもハイキングコースはない。
これは相方も聞いていて、気味悪がっていた。
夏の草刈の時に、現場の隅の方で、小柄な老人がジッとこちらを見ていたことがある。
好意も悪意も感じられず、ただ仕事振りを見ている、という感じだった。
俺が会釈をしても全く意に介さない風で、相方に「あのおじいさん知ってるか?」と訊いたのだが、見えていたのは俺だけだった。
その日は小雨のそぼ降る梅雨近い日だったが、おじいさんは4、5時間はそこに居たろうか。
百姓のような身なりで、古くからの地元の人という印象だった。
※
別の草刈の現場ではこんなこともあった。
敷地の境近くを刈っていると、境界の向こうの隣の敷地から草刈機の大きな音がする。
エンジンの調子が悪そうな大ぶかしの音。
でも隣の筆には作業者など入っていなかった。
その音はすぐ止み、それきり聞こえなくなったので、空耳だろうということにして作業を続けていた。
そのうち煙草が吸いたくなったので、きりの良いところで休もうと考えていたら、耳元で誰かが「一服だんべぇ」と囁いたのだ。
慌てて相方を探すと、遥か遠くに草刈機を振るう姿が小さく見える。とても声の届く距離ではない。
「解ったから話しかけねぇでくれ」と、思わず声に出して言ってしまった。
その後も「一服だんべぇ」は、3回ほど俺に囁き続けた。
山を降りて、ふもとの部落の人に「昔、誰か作業者が死ななかったか」と訊いてみたが、そういうことはなかったそうだ。
あの声の主は誰だったのだろう…。
※
更に別の草刈の現場では、『3人』に囲まれてかなりパニクった。
その時ばかりは凄い悪意と害意を全身で感じた。
一体何が気に入らなかったのか解らないが、『何かされる』と感じた俺は、
「仕事してんだよっ!忙しいんだよっ!頼むから邪魔しねぇでくれよ!!」
と大声で怒鳴った。
自分が呼ばれたと思った相方は、エンジンを止めて「呼んだかぁー」と言った。
真夏の昼下がり、気温は40度を越えていたが、冷たい汗をべったり掻きました。