俺にとってばあちゃんは『優しさ』の権化のような人だった。
いつもにこにこしていて、言葉を荒げることもなく、本当に穏やかな人で、家族みんなばあちゃんのことが大好きだった。
ばあちゃんは動物にも優しくて、家の周りにある三毛猫がうろつき始めると餌付けして、いつの間にか家の猫になっていた。
程なくして家族にも懐いたのだけど、俺や妹が抱き上げて撫でてやっても喉をゴロゴロと鳴らすことはない癖に、ばあちゃんが視界に入るだけでその三毛猫はゴロゴロと喉を鳴らしていた。
その様子に、いつも三毛猫を可愛がっていた俺や妹は憤慨したもんだ。
何でばあちゃんが居るだけでゴロゴロ言いやがるんだ、こいつは、と。
※
三毛猫が二度目の出産をして暫く経った頃、ばあちゃんが入院した。本人には知らせなかったが癌だった。
入院からたったの一ヶ月。本当にあっという間にばあちゃんは逝ってしまった。
看病している時、一言も「痛い」と言わなかったばあちゃん。
末期で凄まじい痛みがあるはずなのに、顔を見ては「ありがとう」と微笑むばあちゃん。
逝ってしまう一週間くらい前だったかな?
珍しくしかめっ面してベッドに居るばあちゃんに「痛いのか?」と聞いたら、小さく頷いた。
俺が初めて見たばあちゃんの弱音だった。そんな我慢強い人だった。
死に顔は本当に安らかで、元気だった頃のばあちゃんの穏やかな顔そのもの。
遺体を家に連れて帰って、葬儀を済ませたその夜、気が付かない間に三毛猫は生後二ヶ月の仔猫4匹を連れて家出した。それっきり帰って来なかった。
大好きなばあちゃんが居なくなったのを感じ取ったのだろうか…。
※
あれから9年。ばあちゃんの事を思い出すことも滅多に無くなっていた。
先日、ばあちゃんに会わせてあげられなかった嫁が死産した。
俺の子供が嫁のお腹の中で死んでしまっていた。前日までお腹を蹴ったりしていたのに。
母体への影響もあるということで、嫁は普通分娩で2日かかって出産してくれた。
9ヶ月の男の子だった。体重2600g、身長49cmまでにもなっていたのに、産声を上げることなく出て来た。
俺も嫁も初めての子だっただけに、どうにも現実とは思えず放心状態。
息子が出て来てくれた夜は丸二日寝ていなかったのに、病院の簡易ベッドということもあり、なかなか寝つけなかった。
うとうとし始めた頃に、夢にばあちゃんが出て来てくれた。
別に何を言う訳でもない。いつもの笑顔で俺を見つめて、ただ二度頷いてくれた。
※
目が覚めて、周りを見渡し、夢であったことを自覚すると、嫁に気付かれないように病室を出て、駐車場の車まで一目散に走った。
そして大泣きした。まさに号泣した。
ありがとう、ばあちゃん。きっと息子のことは任せとけって言いに来てくれたんだよね。
忙しさにかまけて墓参りもまともに行っていない不幸者なのに、ちゃんと見守ってくれていたんだな。
そう思うと、息子を亡くした悲しさと、ただ自分が作り上げた妄想かも知れないが、夢にまで出て来てくれたばあちゃんや祖先に対する感謝が塊となって襲って来て、大声を上げて泣いた。
まだ立ち直ったとは言い切れないけれど、俺は嫁と一緒に頑張って行くよ。
心配ばかりかけてごめんな、ばあちゃん。どうかこれからも見守っていてください。
そして、俺も嫁も知らない世界へ行った息子の魂を守ってやってください。