これはうちのじいちゃん(既に逝去)に聞いた話。
じいちゃんは、鉄工所を経営する腕利きの職人だった。
じいちゃんが若い頃(戦後間もなくだと思う)、仕事の得意先に製氷所があったそうな。
その製氷所のオヤジがじいちゃんに言うには、毎朝氷を買いに来る若者がいたそうだ。
出来たばかりの一抱えもありそうな氷の塊を買って、自転車の荷台にゴムチューブで括り付け、よたよたと去って行くらしい。
ある日、毎日毎日氷を買って行く若者に、製氷所のオヤジが
「何で毎日、氷を買いに来るんだ?」
と尋ねた。
若者は答えた。
「隣町に引っ越した幼馴染の娘が、病気で自宅療養している。
しばしば発熱するから、せめて氷で冷やせるようにと毎日届けている」
若者は出勤前に氷を買って届けてから、仕事に行っていたらしい。
クーラーBOXなど無い昔のこと、真夏などは届ける頃には氷は溶け、小さくなってしまう。
それでも若者は、毎日毎日氷を届け続けたそうな…。
※
そんなある日、いつもの時間になっても若者が現れない。
製氷所のオヤジは『何かあったんだろうか? 事故にでも遭ったんじゃなかろうか?』と心配していた。
そんなオヤジの所に若者がふらっと訪れたのは、昼休みになった頃だった…。
「心配してたんやぞ!」
と言うオヤジに、若者はポツリポツリと語り始めたそうな…。
「今朝、いつものように家の門を出ると、そこに彼女が立ってた…。
驚いて色々尋ね掛けたが、彼女は何も言わずに、ただじっとこちらを見ているだけだった…。
そして優しく微笑んで、
『今日までありがとう…』
と言い、彼女は消えた…」
彼は異変を感じて、すぐに娘の家に向かったそうだ。
しかし彼が到着した時には、既に娘はこの世の人ではなかった。
その日の朝方に容体が急変し、亡くなったそうだ。
※
じいちゃん曰く、
「ずっと家から出られなかった娘が、死んでやっと自由になって、彼に会いに行ったんだろうな。悲しい話だよ…」
うちのじいちゃんは昔ながらの職人気質で、口からでまかせを言うような人じゃなかったから、俺はこの話を真実だと思っている。