うちは田舎の農家で、母屋と倉、便所に囲まれるように庭がある。
その庭の隅の方に30センチくらいの高さの丸っこい石が置いてあり、正月に餅を供えたりする。父親はその石をウヅガアさんと呼んでいた。
小さい頃、秘密基地に使おうと思い手を出したら、軽トラの掃除をしていた母親がすっ飛んで来てぶん殴られた覚えがある。触ってはいけないものらしい。
そのウヅガアさんの話。
※
確か三が日が過ぎてすぐの頃だったと思う。
夜中にウヅガアさんの方から猫の声がした。ぎゃあぎゃあ鳴いている。
当時、同じ部屋で寝起きしていた俺と兄は顔を見合わせた。
俺「餅かなあ」
兄「餅じゃない」
ウヅガアさんに捧げる餅は大人の掌ぐらいのサイズで、翌朝くらいには狸か犬か知らないけれど、動物が食べたような跡が残っている。
俺も兄も、きっと猫がウヅガアさんの餅を食いに来て喧嘩でもしているんだろうと思った。
無視する事に決め、暫くは馬鹿話をしたりしていた。
でもその内、鳴き声はどんどん大きくなり、窓のすぐ外で鳴いているように聞こえてきた。そしてとうとう兄が立ち上がった。
兄「うるせえなあ。おい、K(俺)一緒に来い」
俺「一人で行きゃいいじゃん」
兄「こういう時は一人で行かないもんなんだよ」
※
という訳で、俺と兄は懐中電灯を持って庭へ出た。寒くて寒くて、パジャマの上にコートを羽織り、ニットまで被ったのを覚えている。
兄も「さみー」などと言いつつ、庭を突っ切ってウヅガアさんの方へ歩いて行った。
兄「あ、やっぱ猫じゃ…うおおっ!?」
猫ではなかった。
そこに居たのは、裸の子供だった。
ウヅガアさんにべっとり張り付いてぎゃあぎゃあ鳴いていた。
兄と俺は即座に逃げ出した。後ろからぎゃあぎゃあ鳴く声がする。
必死で走って玄関に飛び込むと、普段は掛けない鍵を掛け、先を争うように二階の自室に飛び込んだ。
※
ドアを閉めてから顔を見合わせ、俺たちは意味も無く肩を叩き合った。
俺「何あれ!? 何あれ!?」
兄「知らねーよ!!何あれ!?」
俺も兄も半泣きだった。
とにかくその日は兄のベッドに二人で潜り込み、朝までガンガンにハードロックをかけて震えていた。
曲と曲の合間に、窓のすぐ外からぎゃあぎゃあ鳴く声が聞こえた気がした。
※
翌朝、結局一睡も出来なかった俺たちは、母親が食事の用意を始める音を聞くと食堂へ駆け下り、怪訝な顔をする母親に喚き立てた。
兄「母ちゃん!!ゆうべお化け見た!!」
俺「ウヅガアさんのとこでお化け見た!!」
母親の顔がはっきり強張った。
母「何!? あんたら、見たの!?」
兄「ぎゃあぎゃあ言うから猫だと思って追っ払いに行ったら、オカッパで裸の…」
母「言うな!!!」
母親の剣幕に俺たちはビックリして固まった。
母親は濡れた手で兄ちゃんと俺に平手打ちを食らわせると、「父ちゃんのところに行け!!」と怒鳴った。
もう訳が解らない。兄と俺は本気で泣きながら父親のところへ行き、まだ寝ていた父親を叩き起こすと一部始終を話した。
父親は難しい顔をして聞いていたが、最後に一言尋ねた。
父「Y(兄)、お前、ウヅガアさんのとこで、喋ったか」
兄「…喋った…」
父「Kは?」
俺「喋ってない…」
「そうか」と言うと父親は俺に待っていろと言い、兄だけを連れて部屋を出た。
俺は一人で居るのが心底嫌だったが、去年死んだ校長先生(笑)に必死に祈っていた(他に身近で死んだ人を思いつかなかった)。
※
暫くして父親が帰って来た。兄は居ない。
父「Yは暫くカミのイッドーさんとこに行く。お前は川に行って丸い石を年の数だけ拾って来い。拾ったら帰りは振り向くな。家を出てから門を潜るまで喋っても駄目だ」
俺は意味が解らないながらも、父親の言う通り丸い石を幾つか拾って帰った。
ウヅガアさんの方は見ないようにした。戻るとちょうど兄が母親の車に乗せられ出掛けて行くところだった。兄は青い顔をしていた。
石は家の中の色々なところに置いた。玄関、部屋の入り口、便所、風呂、台所などだったと思う。
最後はウヅガアさんのところに連れて行かれ、ウヅガアさんの前に最後の一つの石を置き、思い切りその石を踏まされた。
俺はこれでおしまいだった。
暫く怖くて父親と一緒に寝ていたが、特に変わった事も無かった。
※
カミのイッドーさん家へ行かされた兄は大変だったらしい。カミのイッドーさんは所謂本家だ。
今だに兄は詳しい事を教えてくれないが、毎日神様拝みをしてお神酒を枕元に供え、従妹と同じ部屋で寝ていたらしい。
お神酒は朝起きると黄色くなっていたという。
従妹と言ってももう四十近い人だったのだが、必ず化粧ポーチを足元に、櫛を枕元に置いて、「カ行」の多い祝詞みたいなものを毎朝唱えていたそうだ。
※
兄が帰って来たのは十日後だった。
兄はげっそり窶れていて、決してウヅガアさんの方を見ようとしなかった。
それからも餅を備えた後は偶にぎゃあぎゃあ鳴く声が聞こえた。
その度に俺は父親の部屋へ入り浸り、兄は正月をイッドーさん家で過ごす事になった。
今だにアレが何なのかは教えてもらえない。
皆さんも、石にべったり張り付く裸でオカッパの子供を見たら、決して声を出さず他言しない事をお勧めする。
※
その後の投稿 – 1 –
という訳で、これから俺はイッドーさん家行きです。
単位を危うくしつつも、現世と隔絶した生活を送って来ます。
イッドーさん家で聞いてみるけど、ぎゃあぎゃあ鳴く声に心当たりがある人、情報おくれ。
長文ごめん。ほんとごめん。
※
その後の投稿 – 2 –
一番洒落にならないのは、出掛けていた間に集中が終わっていた事だ。さようなら俺の必修…。
イッドーさん家に行ったのは、先日ウヅガアさんを俺が蹴っ飛ばしたから。
酔っ払っていて、自転車から降りた瞬間によろけて蹴っちゃったんだよね。
こりゃヤバいと思って自主的に行きました。
それで、イッドーさん家に行くなら同じだと思って書き込み。結構反応良かったみたいで、良かったです(笑)。
以下、イッドーさん家で聞いて来た事。
・カミのイッドーさんは「上(地名)の一統さん」。
・ウヅガアさんはウジガミさん。旅の山伏か何かを殺して埋めたとか言うけど、多分嘘だろうとの事。
・ぎゃあぎゃあ鳴く声とウヅガアさんは別。
ウヅガアさんは家の守り神(でも凄くよく祟る)で、ぎゃあぎゃあ鳴くやつ(イッドーさんたちはワロと言っていた)はもっと良くないもの。
何なのかは教えてもらえなかった。
・イッドーさん家のじいさんの弟も昔、見たらしい(推測)。十三歳で死んでいる。
・あの変な祝詞は「カカカイオヤソ、ケカレカンガロ、ククッテカシコン、カシコンデコモ、コモ(耳コピ)」。意味不明(笑)。
・イッドーさん家にもウヅガアさんがあった。ウッガアさんと呼ばれていた。
・ぎゃあぎゃあ鳴くやつはイッドーさん家には出ない。エダ(分家)ばかりに4、5回出たが、姿を見たのは前述のじいさんの弟と俺たち、あと近所の人。
・姿を語るといけないらしい。
意外と早く帰って来られたのは、今回は直接見た訳でも、ぎゃあぎゃあ鳴くやつの前で喋った訳でもないからだそうです。
但し、蹴っ飛ばしてウヅガアさんを動かしちゃったのはまずかったそうで、暫く家で神様拝みをして、ウヅガアさんに餅と御幣を供えなさいとの事。
※
しかし謎だらけなので、某地方大で民俗学をやっている友達に聞いてみました。
・ウヅガアさんは典型的な屋敷神だろう。正月に餅上げるし、一般的によく祟るから。氏神、内神の転訛(訛り)だろう。
・喋ってはいけない、振り向いてはいけないというのは葬式、しかも野辺送りの時の作法に似ている。
・川原石を拾って来るのは、お墓の周りに積んだりする事もある。乳幼児が亡くなった時、墓石を立てずに川原石を積む事もある。
・年の数というのが面白い。多分身代わりみたいな意味があるのでは。
・石を踏んだのは、踏む事に呪力があるとされるから。相撲と一緒(…?)。
・従妹は多分姉妹の代わり。姉妹は兄弟に対して強力な呪力を持つとされる。「妹の力」。
・化粧道具と櫛もそう。血の繋がった「女」である事が重要。
だそうです。詳しくは概説書を読めとのことで、結局謎が増えただけですた。
※
それでもって、ぎゃあぎゃあ鳴くやつの容貌についてですが…。
どうなんだろう。いいのかなこれ。大丈夫かな。
不安なので間接表現で。
まず呪怨の子供にぼさぼさのオカッパヅラを被せます。
それで、もっと目を大きくしてぷにっとさせ、何か「ぽー」って感じの顔にします。
猫みたいにくったりさせて、ぎゃあぎゃあ鳴かせるとそんな感じ。
あー、でも大丈夫かな俺。駄目だったらまたイッドーさん家行きな訳ですが(笑)。
※
その後の投稿 – 3 –
きっと誰も待っていないと思うけど。
ここ以外に報告できるような場所もないので…。
イッドーさん家を出て都会でキャリアウーマン(笑)をしているイッドーさんの長女に話を聞けました。
大人がぼちぼち話してくれたのをまとめた感じらしいです。
つうか俺、こんな事してるとその内死ぬんじゃねえのかな。
以下報告。
・ぎゃあぎゃあ鳴くやつは「ワロ」で「シロゴ」だ。
・イッドーさんの更に本家(山を越えて他県、今はもう死に絶えている)は神様拝みをする家で、シロ(寄り代)に松葉の人形を使っていた。
・でも実は気合いの入った拝みをする時は、子供をシロに使う。
その子供はシロ用に生ませた子で、よく解らない儀式をした後で父と娘か母と息子で生む。
とにかく沢山産んで、全員まとめて奥座敷(でかい座敷牢のようなものではないかとの事)で育てる。
・シロゴと同時に姉弟、もしくは兄妹でサイと呼ばれる子供を産むことも偶にある。
サイはエダ(分家)に里子に出される。
・シロゴは大抵カラゴ(所謂障害者ではとの事)で、一回きりの使い捨てだ。
・使ったら石(=ウヅガアさん)で殴り殺す。同時にサイを戻して神様拝みをさせ、遠くの村に嫁・婿にやる。
・明治半ば頃に本家が潰れてから、エダで一番古かったカミのイッドーさん家が本家になったが、カミでは作法を知らなかったのでワロを使った神様拝みはしなかった。ワロの鎮め方だけどうにか知っていた。
…嘘くさい!すげえ嘘くさい!!伝奇ものホラーゲームの設定みたい!!
でも背筋が凍るほど怖いのは俺だけですか?
そんな訳で、最近左右の目で見え方が変わってきている俺でした。
明日眼科に行ってきます。