これは俺の親戚のおばちゃんから聞いた話だ。
おばちゃんは多少霊感がある人らしく、近所では「伝説のおばちゃん」と言われていて、自分でもそう言っている。
俺はそのおばちゃんに昔から色々な怪談話やホラ話を聞かせてもらっている。
でも俺はオカルトはあまり信じていないので、胡散臭いところや荒唐無稽過ぎるところは省いたり少し脚色し、地名なども微妙に変えてここに書きます。
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50年くらい前の日本での話。
当時、有縁市に住んでいた12歳のおばちゃんに妹が出来た。
妹が産まれたという事ではなく、遠い親戚の子を親が引き取る事になったのだという。
おばちゃんは急に妹が出来たのが凄く嬉しかったらしい。
妹ちゃんも独特な訛りがあって、話す事が恥ずかしいみたいな感じだったんだけど、おばちゃんにはすぐ懐いたみたい。
妹ちゃんはずっとテレビも無い超ド田舎暮らしだったらしく、色々な遊びを知っていた。
お手玉は近所の誰よりも上手で、全然意味の解らない童唄や踊りを知っていた。
あと目隠しと人形と箸とオハジキを使ったおまじない(今思えばコックリさんに似ていた)や、長い紐を使って体を引っ張り合う見た事も無い不思議な遊びを知っていた。
そして当時、おばちゃんの住む町の男子達の間で爆発的ブームになっていたベーゴマ遊びが凄く上手だった。
それまで女子でベーゴマをやっている子は、おばちゃん家の近所では全く居なかったのだけれど、田舎から持って来た貝で作られた独楽を使えば、妹ちゃんはほぼ負け無しだったという。
おばちゃんは常識的に考えて貝独楽と鉄独楽では勝負にならないと思うのだが、その貝独楽は異様に強かったのがとても印象に残っていると語った。
遊んでいる内に、おばちゃんは妹ちゃんがあまりにも沢山の遊びを知っているので、何処でその遊びを教えてもらったのかを知りたくなり、妹ちゃんに聞いてみたそうだ。
すると「ヤマババさん」と言ったそうだ。
どうやら前に住んでいた超ド田舎の村に居た「ヤマババ」と呼ばれるお婆さんに教えてもらったという事らしい。
おばちゃんは興味津々にヤマババさんの事をもっと聞きたいと言った。
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以後、おばちゃんから聞いた妹ちゃんの田舎の話。
物心付いた頃には、ヤマババさんが妹ちゃんの食事や生活の面倒を見ていた。
田舎の食べ物はどれも美味しいのだが、中でも蜘蛛の味噌漬は病み付きになるという。
何故かヤマババさん以外の村の大人達は一切蜘蛛を食べようとしなかったが、殆どの子供達は蜘蛛が大好物だったそうだ。
都会では蜘蛛料理が全く無いのがとても残念だといつも言っている(これは本人にも俺が確認を取った)。
妹ちゃんは毎日、一日中村の子供達と一緒に田んぼや山や沼、川や洞窟で遊んでいたという。
学校には一度も行った事が無かったらしい。
「学校をサボってたの?」とおばちゃんが聞いたのだが、妹ちゃんはそもそもこの街に越して来るまで学校というものがこの世に存在していた事さえ知らなかったという。
読み書きはヤマババさんに教えて貰ったし、おばちゃんに指摘されるまで『ああ、学校というのは都会にしか無く、私が居たような田舎には無いものなのだ』と勝手に思い込んでいたらしい。
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そして、ここからが更に異様なのだが、村は森の中にあったらしい…。
森の麓の集落という事ではなく、もう文字通り深い森の木々の中に、人の住む家々があったというのだ。
後年の妹によれば、「N〇Kスペシャル」などで偶にやっている東南アジアやアマゾンの秘境に住む人達の住んでいる家に激似だとの事。
ヤマババさん家の壁は土壁だか土器のような感じで、屋根は茅葺だった。
玄関に凄く古そうな真青な鳥居があり、家の中は神社のような造りになっている。
熊か猪の毛皮が敷いてある仏壇、または神棚のような祭壇の中に、犬(のようなもの)に乗った、鹿の角の生えた真黒な手と顔が沢山ある仏像が飾られていたとか。
ヤマババさん以外の家は木造で、屋根は同じく茅葺。
村人は全員和服だった。そして丁髷をしていた人が少し…。
村はとにかく子供の数が異様に多く、ほんの一部の田仕事を手伝っている子達(妹ちゃんは今思うとこの子達には意識的に避けられていた感じがすると言っていた)を除けば、皆が一日中遊んで暮らしていた。
妹ちゃんはヤマババさんともよく遊んだが、もっぱら山で遊ぶ事の方が多かったらしい。とにかく山の中の色々な所で一日中遊んだという。周りには森、川、田、沼、池、滝、洞窟などがあった。
池で釣りをしたり、滝壺に飛び込んだり、やたらデカイ犬(話を聞く限り狼としか思えない…)の群れをおちょくったり、底なし沼でドツキ合いをしたり、洞窟の中を何時間も探検したり…。
とにかく山の中の全てが遊び場だった。そして遊び疲れて村に戻る頃には、何故か出かけた時よりも人数が減っていたという…。
妹ちゃんは、今にして思えばよく自分は生き残れたものだと、当時の事を思い出すと今でも背中に悪寒が走るそうだ。
それでも楽しい思い出の方が多いので、自分はあそこで育つ事が出来て幸せだったといつも言うらしい。
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怖い事も結構あったという。森の中で遊んでいる時に、明らかに異形としか思えない存在が混ざっている事があった(イマジナリーフレンドと呼ぶらしい)。
それらは最初遊んでいる時は何も気にならないのに、思い出してみるとその違和感に吃驚するそうだが、不思議と嫌な感じはしないとの事。
でも一番怖かったのは、ある日、石の丘みたいな所を遊び場にしていると、焼き物の埴輪みたいな人形が沢山置いてあった。
嬉しくなってママゴトを始めたのだが、そこへ急に普段は田仕事ばかりやっている超絶放任主義の大人達(ヤマババさんは数少ない例外だったので子供達から好かれていた)がやって来て、
「こん!みかぶしさまんちにはいっちゃ むらもろさ たたっころされっぞ!こんくそばちったりどもがー」
と血相を変え大声で怒鳴られた事は忘れられないという。
恐らくそれは古墳か何かだったんだろうとおばちゃんは俺に言ったが、妹ちゃんによれば、それが何だったのか大人達は教えてくれなかったそうだ。
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当時、半信半疑で妹ちゃんの話を聞いていたおばちゃんは、「田舎の暮らしで一番楽しかった思い出は何だったか?」と妹ちゃんに聞いた。
妹ちゃんはニコニコしながら、鹿の角をくっ付けて熊の毛皮を被った山伏だか修験者みたいな沢山のおっちゃん達(大体40人位)が来た時が楽しかったという。
おっちゃん達の顔は、村人達とは全然違う初めて見る顔だった。
堀が深くて髪の毛も茶色っぽい色。日本人よりも越して来てからテレビで初めて見た外国人の顔に似た感じだったという。
おっちゃん達は、村に入ると全員でヤマババさんに深々と御辞儀をした。
それからヤマババさん以外の村の大人達全員と少数の子供達に目隠しをして家の中に入れ、家の中から戸が開けられないような木組みの仕掛けを施した。
次にそれ以外の子供達を呼び、子供達を取り囲むように円陣を組み、お経か祝詞か外国語のようなものを一斉に唱え始める。
そして持って来たお札が沢山貼ってある気味悪い壺の中から、白く小さなお菓子のような塊を取り出し、子供達に配って食べさせたのだ…。
「さあ、たんがみさまらのとこさ遊びに行けよ」
とおっちゃんが言うと、田んぼから沢山の歓声を上げながら、真っ黒な顔の無い泥だらけの人の形をした者達が、無数に這い出して走って来た…。
そして子供達の手を掴み、田んぼへと引き摺り込もうとする…。
何が何だか解らずに引っ張られる子、面白がって自分から手を繋ぎ異形と一緒に田んぼに走って行く子、泣き叫びながら必死に抵抗する子…。
次々と泥の中に消えて行く…。
でも何故か妹ちゃんだけが、田んぼの中へ連れ去られなかった…。
暫くぽかーんとしていると、
「妹ちゃんはこどま(子供? 木霊?)さまにみみった(魅入られた)だけなただのわっし(童子)だけん ここにいっ(入)ちゃなんね。
さっ(寂み)しいかもしろんが、おれっちゃらがわぜん(和人?)ぼんぞ(坊主?)らとはなす(話)つけっけらあっすん(安心)せえ」
と、おっちゃんの一人が言ったそうだ。
そう言えば、自分一人だけはあの白い塊を貰えなかったという。
その後、おっちゃん達が戸を開けると、出て来た村人は
「てっぐ様あざっす」
「てっぐ様のおかげっす」
と口々に言い、お礼をたんまり渡した。
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それから数日間、酒宴が開かれた後、おっちゃん達は山奥へと帰って行った。
その数日後、妹ちゃんが田んぼで遊んでいると村人から急に目隠しを付けられ、手を引かれながら山を降りたそうだ。
道が急に平らになったと思ったら目隠しを取られて、生まれて初めて見る車に乗せられ、遠い親戚のおばちゃんの家にやって来たそうだ…。
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「そんな怖い話のどこが楽しいの!?」とおばちゃんは言った。
妹ちゃんは不思議そうな顔で「全部!」と言ったそうな。