高校生の時、俺は腸が弱かった。故に学校に行く時は少し早く出て、途中の汚い公衆便所で用を足す事が多かった。
その公衆便所は駅を降りて、通学路からは少し外れた所にある森の中にある。
そして、必ず一番手前のドアが閉まっていた。
無論その中にはいつもちゃんとした「人間」が居るのは知っていた。
くしゃみや咳、新聞を広げる音などがしていたからだ。
しかしそれを気にしている暇もなく、学校に遅れないように大量の○ンコをすることで精一杯だった。
いつも同じ場所で、俺が行った時にいつも用を足している人間が居る事を、まだその時は不自然には思わなかった。
まあ、そういう奴もいるだろうくらいに思っていた。
※
朝に家を出て、電車の中で腹が痛くなり、その公衆便所で用を足し、学校へ行く。
そんなサイクルが一年以上続いた高校二年のある日、やはり朝に腹が痛くなり、例の便所へ駆け込んだ。
そしていつものように閉まっている手前の個室を通り過ぎ、用を足し終わった。その時、その個室から声がした。
「いいですね…いつもお腹の調子良さそうで」
学生とは言えないが、若そうな声。
一年以上俺と同じタイミングで用を足していた、そいつの声を初めて聞いた。
だが「いつも」とはどういう事か?
取り敢えず「え、あ、まあ…」としか返事を返せなかった。
そして次に奴が言った、不気味な言葉。
「私なんかね、もうね、ずっとお腹の調子悪いんですよ。ほんとに。
出てないんですよ、ずっと。私ね、この場所から全然出てないんですよ。
ほんとに。お腹の調子、悪いからね、出れないんですよ」
手を洗いたかったが、これ以上無い寒気に負け、早足でその場を出た。心臓がバクバクと鳴っていた。
後ろを振り向く事は絶対に出来なかった。
「いつも」という言葉。
個室から出ていないのに、なぜ俺が「いつも」用を足している事を知っているのか。
そして「この場所からずっと出ていない」という言葉。
一年以上、奴はずっとあの場所に居たのか…?
考えれば考える程、訳が解らなくなった。
※
その日からはいくら腹が痛くても我慢して学校まで耐えるか、遅刻覚悟で家で用を足して行くかにした。
奴が人間だったのか判らないが、これ程に不気味なことは無かった。