
昔、私は某電機機器メーカーの工場で派遣社員として働いていたことがありました。
三交代制の勤務で、その週は準夜勤、つまり17時から深夜0時30分までのシフトに入っていました。
契約満了まで残り1ヶ月という頃の出来事です。
当時は運転免許を持っておらず、通勤には自転車を利用していました。
工場から自宅アパートまでは、国道沿いをひたすら走る一本道で、30分ほどの距離でした。
その日もいつものように勤務を終え、深夜の工場を出て帰路につきました。
しかし、自転車で走り始めて10分ほど経った頃、ふと、自分が全く見覚えのない道を走っていることに気が付いたのです。
疲れからか、道を間違えたのだろうかと思いましたが、それはあり得ない話でした。
何しろ、一年以上毎日のように往復している一本道です。迷うはずがありません。
それに、今自分が走っている道も、見た目は国道そのもの。舗装状態も街灯の配置も似ていて、ただ「知らない場所だ」という違和感だけが強く残っていました。
当時はまだ携帯電話を持っておらず、誰かに助けを求める術もありませんでした。
仕方なく、自転車を走らせ続け、せめてコンビニか公衆電話を探そうと考えました。
しかし、いくら走っても、それらしい施設はおろか、車一台ともすれ違わないのです。
この辺りは確かに田舎ではありますが、国道なら夜中でも時折車が通るはずです。
時間はすでに2時30分を回っていました。
その異常な静けさに、私はだんだんと恐怖と不安に襲われ、ほとんどパニック状態でペダルを漕ぎ続けました。
どれほど走ったか定かではありませんが、感覚的には40分以上は彷徨っていたと思います。
「このままでは埒が明かない。誰かに道を尋ねるしかない」と思い始めたその時、不意に、見慣れた風景が目に飛び込んできました。
それは、私のアパートを200メートルほど過ぎたあたりの場所でした。
思わずハンドルを握る手に力が入り、急いで引き返してアパートへ向かいました。
玄関のドアを開けると、私はそのまま床に倒れ込むようにしてしばらく動けませんでした。
しばらくして気を取り直し、時計を確認すると、すでに3時30分を過ぎていました。
改めて冷静に考えてみると、理解できないことばかりでした。
一本道を真っ直ぐ走ってきたなら、自宅のアパートを通過してしまうはずがありません。
それに、アパートのすぐ隣には明るい照明のコンビニがあり、もしそこを通ったのであれば、どんなに疲れていても気づかないはずがないのです。
にもかかわらず、気づいた時には見知らぬ道を走り続け、そしていつの間にかアパートを通り過ぎた地点に出ていた——
考えれば考えるほど、理解不能な体験でした。
結局その週の残り3日は、体調不良を理由に休みを取りました。
そして、翌週からの夜勤を無理を言って日勤に変えてもらい、残りの契約期間は昼のシフトだけで過ごしました。
あれから17年が経ちますが、あの体験を境に、私は夜に外出することを極力避けるようになりました。
仕事も、夜勤のある職種はなるべく選ばないようにしています。
あの晩、私が迷い込んだのは、一体どこだったのか。
時間と空間が、まるで現実から切り離されたような、奇妙な世界。
今でも、ときどき思い出しては背筋がひやりとする出来事です。