小学2年生の頃、仲の良かったタケシと一緒に、虫採りに学校の裏山へ行った。
その山は俺達の遊び場で、隅から隅まで知っている。まあ、山と言うより、中規模の雑木林のような感じだ。
突然タケシが、
「赤い蝶がいた!」
と言い走り出した。俺もすぐにその後を追う。
夢中で走って、息が切れた頃にタケシが立ち止まった。
「タケちゃん。どうした? 逃げられちゃった?」
「ああ、逃げられた。凄く大きな蝶だったぜ!」
その後も赤い蝶を探して歩いたが、とうとう見つからなかった。
※
日も暮れ始め、そろそろ帰ろうかということになり、帰り道を歩き始めた。
その山では『夕日に向かって歩く』という掟がある。
夕日に向かって歩けば道路に出られるからだ。
もし迷子になっても、夕日に向かって歩けば絶対に道路に出るという地形になっていた。
しかし、その時の俺達にはそんな掟は不要だった。
この山は知り尽くしている。だから迷子になって夕日を頼りにすることなんて有り得ない。
俺達はゲームの話をしながら歩いていた。
「あれ? 何これ?」
どういう訳か、通行止めの標識が立っている。道路なんて無い山の中にだ。
その時は道路標識がどういうものか知らない。今までこんな物は絶対になかった。
「何だろ? 道、間違ったかな?」
「そんな訳ないよ」
「でも、こんな道知らないぜ」
「…確かに見たこと無いね。迷子?」
「ちょっと、戻ってみよう」
危機感の欠片も無く、後戻りしてみる。
しかし、戻れど戻れど知らない風景。こんなことは有り得ない。
「え~!ここどこ?」
タケシが泣きそうになっていた。俺もこんな所は来たことがない。
取り敢えず、夕日の方向に歩き始めた。それがここの掟だ。
段々と日が暮れてきた。
夕日に向かって歩くと、すぐに道路に出た。
※
そのままタケシと別れ、俺の家まであと500メートルくらいの場所まで歩くと、後ろからタケシが物凄い勢いで走って来た。
話を聞くと、タケシの家で葬式が行われているらしい。
驚いて家に帰れず俺を追い掛けて来たと言う。
タケシにせがまれ、俺も一緒にタケシの家に行った。
本当に葬式が行われていた。
亡くなったのはタケシのお兄さんだった。
しかしタケシの家の前には誰もいない。鍵も掛かっていて、家に入れない。
泣きじゃくるタケシを連れて、取り敢えず俺の家に連れて来た。
「ただいまー」
と家のドアを開けるなり、オヤジが飛んで来た。
キョトンとしている俺を見るなり、平手打ちが飛んで来た。
そのまま家の中に連れて行かれ、散々に怒られた。
どうやら俺とタケシは、2日間行方不明になっていたらしい。
事情を話しても信じてもらえなかった。タケシの家で葬式などなかったと言われた。
それから一ヶ月は外に遊びに行けなかった。
ようやく謹慎処分が解けた後、タケシと山に行ったが、あの道路標識はなかった。