小学生くらいの時の話。
親戚の家が辺鄙な場所にあった。裏手には山、逆側には谷がある。
子供の遊び場としては最高だったのだけど…。
そして谷にはよくゴミが捨てられる。山の中を走る国道沿いにあるせいだろう。
遊びに行った時も、偶にゴミ拾いをさせられた。
結構深い谷に落ちているゴミを掃除するのは大変だった。
しかしゴミの中で唯一、
「拾わなくて良い」
と言われていた物があった。
それは傘だった。
「どうして傘を拾わないの?」
と聞くと、みんな決まって
「あれはゴミじゃないから」
と答える。
※
『ゴミじゃない? どう見たって汚い傘じゃないか』
と思い、親戚の叔父さんに詳しく聞いてみた。
叔父さん曰く、
「あれは谷の置き傘だ」
と言う。
誰が始めたのかは判らないが、谷に傘を置いておく風習があるらしい。
「どうして?」
と聞くと、
「谷の住人が使うんだよ。言ってみれば、この世とあの世の間に居る者だな。谷にはそいつらが住んでいる。
それで、雨が嫌いだから傘が無いと濡れて怒っちゃうんだと。そしたら良くないことが起こる。だから傘を置いているんだ」
「良くないことって?」
「よくは判らん。でも、鵺が鳴く夜は人が死ぬと言うだろう? そんな感じの言い伝えだよ。谷が濡れる日は災いが起こる」
※
谷ではよく遊んだけど、谷の住人に会うことは無かった。
でも、ポツンと傘がある光景は異様だったことを憶えている。
結局、その谷も開発のために埋め立てられ、現在は運動公園になっている。
谷の住人たちはどこへ行ったのか。
もしかしたら埋め立てられた場所にまだ留まっていて、もう雨に濡れることは無いと喜んでいるのかもしれない。