いきなりだが、俺には全く霊感が無い。
その俺が先日仕事で、地元では結構有名らしい幽霊屋敷へ行くことになった。
俺はその地域には疎いので全く知らなかったのだが、
『以前、住人が敷地内の柿の木で首吊り自殺した』
という、噂ではなく実話がある屋敷だ。
とは言っても、今もそこには人が住んでいる。仮にAさんとしよう。
築15年ほどの大きな貸家なのだが、あまりの幽霊屋敷ぶりにAさんも引っ越しを決意。
それに関わる色々な手続きで、俺はAさん宅を訪れることになった。
※
初対面でAさんは、
「○○さん、霊感ありますか?」
と聞いてきた。
霊感がある人は、門から先に進めずに引き返してしまうことがあるらしい。
Aさん自身、幽霊なんて信じていなかったのに、何度も遭遇してしまったという。
俺は毎年、夏の目標が『今年こそ幽霊を見る!』なのに、今だに達成できていないほど鈍感な人間だ。そう告げると、
「じゃあ大丈夫かな…?」
と、若干心配そうにしていた。
その地域が地元の同僚から、
「お守り持ってけ」
なんて半分本気で言われたが、こんな機会は滅多に無い。
勿論、何も持たずにAさん宅へ向かった。
Aさんは、
「具合悪くなったら言ってね」
と、配慮とも脅しともつかないことを言ってくれた。
結果から言おう。
ダメだった。鳥肌一つ、頭痛一つ、俺には起こらなかった。
『逆さに女がぶら下がる』という階段の踊り場でジャンプしたり、『血まみれの男が這いずる』という和室で寝転がったりしてみたが、何も感じない。
最初は頼もしそうな視線を向けてくれていたAさんも、終いには
「○○さん、相当ですね…」
と、飽きれ顔になっていた。
※
すごすごとAさん宅を後にし、いや待て、ひょっとしたらと帰り道の車内で何かが!
なんて淡い期待を抱いていると、携帯が鳴った。
仕事中は電話を滅多に寄越さない母からだった。
『何事か?』と思い電話に出ると、母は
「あんた今どこにいるの?」
と聞いてきた。
どうかしたのかと尋ねても、
「大したことじゃない」
としか言わない。
俺は今一人暮らしなのだが、母は
「帰りに寄って。そしたら話す」
と言って電話を切った。
※
退社後に実家へ寄り、その日に母が体験した話を聞かされた。
昼間、母が居間でうたた寝をしていると、半開きのドアの向こうを誰かが横切る気配がした。
母は咄嗟に、
『あ、お客がもう来ちゃった!』
と飛び起きた。
廊下へ出ると、人影がその先の和室へ入って行くのが見えた。
慌てて和室へ行くと、そこには坊さんが一人座っており、母が部屋へ入ると読経を始めた。
有り難いことだと思った母は、正座してそれを聞いていた。
しかし、そうしているうちに
『あれ? お客ってこのお坊さんだっけ?』
という疑問が湧いてきた。
よく見ると、坊さんは黒い袈裟を纏い、お経も葬式用のものだった。
おかしいなあと思いながらも、
『そうだ、お茶の用意をしなきゃ』
と立ち上がろうとした時だった。
廊下側の障子の向こうに人が立っている。
そっと開けてみると、それは母の父親、つまり俺のじいちゃんだった。
じいちゃんは母に、
「そんなもんに茶なんか出さなくていい!」
と言うと、廊下の向こうに消えた。
それで母は、やっとこの坊さんが『招かれざる客』であることに気付いた。
『ここを立ってはいけない』
という強い思いが湧き、読経を続ける坊さんに対峙した。
どれくらい経ったか、ついに坊さんの経が途切れた。
そして坊さんは、睨み付けている母に一言、
「何故だ?」
と言った。
母は何の躊躇いもなく、
「何故なら、私のものだからだ!」
と怒鳴った。
そして居間で目が覚め、無性に俺のことが心配になって電話したのだという。
おおぅ…と思いつつ、その時、俺がどこで何をしていたのかを説明。
「やっぱりお前のせいか!」
と、久々にグーで殴られた。
※
母は昔から妙に勘の鋭いところはあるが、俺と同様に霊感は無い。
常日頃、夢に登場したじいちゃんの墓参りをしては、俺を守ってくれるように拝んでいるらしい。
俺はじいちゃんのおかげで、幽霊を見られないのだろうか。