昔ニュースになったので、知っている人は知っているかもしれません。
一人暮らしのおばあさんが、マンションの一室で孤独死した。
死因は、ノイローゼが昂じて、弱った心臓が耐え切れなくなったことによる心臓発作である。
彼女を知る人は、常に何かに酷く怯えた様子だったと言う。
後に真相が明らかになった。
証言したのは、極偶に泊まりに来ていた息子夫婦であった。
信心深いおばあさんは、亡くなった夫の仏壇を部屋に置き、毎朝欠かさず供物、水を捧げていた。
たまたま小用に立ったその日の早朝、息子はおばあさんの不審な行動を目にした。
おばあさんは仏壇の供物を代えようとしていたのだが、扉を開けるのを躊躇い、何度も逡巡しているようだった。
そして意を決して中を覗き込み、
「ああ、やっぱり…」
と言って悄然とし、その気の落とし方は尋常ではなかった。
息子は気になって眠れず、ついにその晩、問い質した。
おばあさんは目を泳がせ知らないと白を切っていたが、息子の真剣さにほだされついに語り出した。
話によると、ここ最近仏壇を開けると、位牌がそっぽを向いていると言う。
最初は気付かなかったが、位牌が日に日に斜めになって行くので、恐ろしくて眠れないと言うのだ。
しかも、朝になる度にきちんと前を向けた位牌が、翌朝になるとまた斜めになっている。
「おじいさんに、罰を当てられるようなことしたんかな。
でも、どんなに拝んで供物を代えてもおさまらん。
今に完全に裏むいたら、あたしゃ死ぬんじゃろう」
そう言って泣くおばあさんに、息子はそんな馬鹿なと思ったが、翌朝確かめるとやはり位牌が斜めになっていた。
「おかあさん、こりゃ本当の祟りかもしれんけん。祓ってもらわにゃいかんぞね」
息子はそう言ってお祓いさせようとしたが、
「おじいさんがお迎えに来るんじゃしょうがないけん。祓ったらかわいそうじゃ」
と言って聞かない。
とうとう諦めて帰ったら、結局取り殺されてしまった。
「きっと位牌が完全に裏向いてもうたんやな」
と言って息子は悔やんでいたという。
※
それを聞いたおじいさんの古い友達が、そりゃおかしい、信じられんと言い出した。
物凄く仲の良い夫婦で、妻を取り殺すなんてことをするはずがない、と言う。
どうしても一度確かめさせてくれと言って、おばあさんの亡くなった部屋に一人で泊り込んでしまった。
と言ったものの、流石に気味悪く寝付けなかったが、うとうとと眠り込んでしまい気が付くと朝。
はっと仏壇を開けると、位牌は見事に裏返しになっていた。
背筋がぞっとしたが、無二の親友だった俺すら殺そうとするのか、どうせ老い先短い命、こうなったら何が何でも正体を突き止める。
そう決心し、よし今夜は一睡もするものかと気を張って起きていた。
※
真夜中の3時ごろ、カタカタと仏壇の中から音がする。
ぎょっとして、しかし勇気を振り絞って扉を開けてみた。
カタカタ…。
カタカタ…。
位牌がじりじりと動いているではないか。
恐ろしさに心臓が止まりそうになったが、気を落ち着けてじっと動く位牌を見ていた男は、妙なことに気付いた。
仏壇全体が微振動しているようなのだ。
「こりゃ一体?」
仏壇は台の上に載せて、ぴったりと壁にくっつけて置かれている。
もしや。
男は仏壇を壁から離した。
その途端、位牌はぴたりと動かなくなった。
「この壁の向こうに何かあるぞ」
台と仏壇を除け壁に耳を当てると、ゴオーという音がして壁が震えている。
水を上げている音だった。
このマンションでは深夜、屋上まで水を汲み上げていた。
配管がちょうど仏壇の後ろの壁だったために、振動によって位牌が動いていたのだ。
不幸なことに、位牌の作りが粗く安定していなかったため、片側に回転していたのだった。
とにかく幽霊の仕業ではないと判ったものの、やり切れない思いであった。
件の仏壇は息子夫妻の家にある。
今のところ位牌が回転することはないそうだ。