長い海外出張からの帰国。心待ちにしていた日本の大地を見るため、私は飛行機の窓際の席を選びました。
雲の上の空は碧く澄んでいましたが、その下は厚い霧に覆われていました。
飛行機が高度を下げ始めると、私の胸の中のワクワク感も高まりました。
家々のシルエット、小さな車たちが見え始めると、帰国の実感が湧いてきます。
突如、飛行機から「ウィーン」という音がしました。
それは、車輪が出てきた兆候の音。
もうすぐ地上に触れるのだと確信しました。
ところが、何かがおかしい。
滑走路の姿が見当たりません。
ただ、地面がどんどん近づいてくるだけでした。
内心で危機感が高まりました。
「滑走路はどこだ? これは大丈夫なのか?」
不安は募るばかりでした。
その瞬間、機体が急に上昇を始めました。
窓の外を見ると、霧の先にはっきりとした滑走路の姿が見えました。
飛行機は再度、高度を上げてから大きく旋回し、今度こそ、確実に滑走路を目指して下降を開始しました。
やがて、飛行機は無事に地上に触れました。
しかし、乗客には特に何のアナウンスもなかった。
不安な面持ちで飛行機を降りていく乗客たち。
私の隣に座っていた若い女性は、手を震わせながら祈るように十字を切っていました。
スチュワーデスの顔も笑顔を欠いていました。
私が目にしたのは、彼女が同僚と耳打ちしている様子で、聞き取れたのは「霧が濃すぎて…」の一部分だけでした。
飛行機が失速・墜落する危険があるという話を以前に聞いたことがありました。
私たちが体験したのは、まさにその一歩手前だったのではないかと、思わず背筋が寒くなりました。
安全な地上に降り立つことができたことに感謝しつつ、私は空港のロビーへと歩いて行きました。
それにしても、この霧の中の飛行経験は、私の一生の思い出に残ることでしょう。