幼稚園に入る少し前くらいだっただろうか。
子供の頃に、毎日のように一緒に遊んでくれた不思議な動物がいた。
大きさは、自分よりも大きかったから、犬のゴールデンレトリバーぐらいだと思う。
がっしりとした体で足が太く、体は真っ白で毛が長く、目は濃い水色で透き通っていた。
今でもはっきりと覚えているのは、尻尾が五本あった事と、両目の間から山吹色の短い角みたいなのが一本生えていた事。
俺はその動物を『ワンタ』と呼んでいた。
俺が好きだったグレープジュースを一緒に飲んだり、白い柔らかな煎餅みたいなお菓子を分け合って食べたりしていた。
よく俺がワンタと一緒に遊んでいると、おふくろは一度だけワンタを見た事があるからなのかな、ジュースを二つ用意してくれたのを覚えている。
ただ、親父にはワンタは見えないらしく、勝手にワンタのジュースを片付けてしまったりして、よく俺が泣いていた。
※
ワンタは中学校に入るちょっと前ぐらいに、
「もうお前と遊ぶことができなくなってしまうなぁ。でも、いつもここにいるからな」
というような事を言い、それ以来ワンタとは会えなくなった。
中学1年生の中頃まで毎日のように庭に出たけど、あの日以来ワンタの姿を見る事はできなかった。
※
どうして突然こんな事を書いたかと言うと、実は俺、少し前まで膵炎で入院していたんだ。
痛いし何も飲み食いできないしでえらい苦しかったんだけど、ある夜、夢にワンタが出てきたんだ。
俺がベッドで横になっていると、俺の足下にワンタが座っていた。
「ああ、久しぶりだなぁ……」
と俺が言うと、ワンタは心配そうな顔つきでじっと俺の顔を見つめると、突然ガウッと吠えて俺の胸に食らいついた。
痛みはなく、ワンタが何かをしてくれているという事を感じたので、暫く胸元に食らいついている姿を見ていると、やがて顔を上げたワンタの口に何かがぶら下がっていた。
それは黒いゲジゲジの虫のようで、空気に解けるようにして消えてしまった。
「もう大丈夫だな」
ワンタがそう言ったところで目が覚めた。
翌日、目が覚めると体が軽く、その夢を見た日を境に俺の体調は、医者も驚くほどの早さで一気に好転して行った。
※
子供の頃に毎日のように一緒に遊んでくれた不思議な動物がいた。
俺の子供の頃の記憶から飛び出したワンタは、俺を救ってくれた。
恐らく、何となくだけど、もう生きている間には二度とワンタと会えないような気がする。
庭に向かってお礼を言っても、それが伝わっているか、今の俺には分からない。
だから、ここに書かせて欲しいんだ。
ワンタ、助けてくれてありがとう。
偶に、庭にグレープジュースを置いておくから飲んでな。